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少女の頃の記憶

こんにちは、Fairytaleですemoticon-0100-smile.gif


ライティングデスクの裏打ち紙と型紙です ↓

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22パーツでも内側の処理もあるので、この量です。

ここまで設計できて、カットまでできたら仕事が半分以上済んでいます。

おたのしみだけemoticon-0123-party.gif



このところ、ワタクシの周囲で小刻みに何かが動きはじめている。

世の中で生きていくということを実感させられているようだ。

人と関わることを避けてきたきらいはあるが、そう悪くないかと思えるようになってきた。

本来のワタクシはひとりで何か絵を描いていたり、想像したり、音楽を聴いたりしているのがとてもラク。

誰かと何かを共有するよりも、ひとりの世界にひたっている方がずっと好き。

他者へ何かを期待したり求めたりも子どもの頃からあまりしないのは、『自分の感覚をわかってもらえないだろう』 と思っていたし、かきまわされるのもイヤだったから。


クールだったけど、小学生の時は親友と呼べる仲良しのブーヨンがいた。

ブーヨンとは 『郁恵ちゃんのあだ名がブーヨンだったから、そう呼んで』とふたりの間の交換日記や手紙の書き出しの時だけしか使わなかった呼び名だ。

ブーヨンはとてもお勉強ができて、性格もやさしく落ち着いていてそのへんの子どもと違って穏やかで、上に6才年上のきれいな高校生のお姉さんがいる影響でいろんなことを知っていた。『なかよし』や『りぼん』など少女漫画誌を小学1年生の時から卒業まで毎月貸してくれた。

小学生時代の情報は彼女なしでは入手できなかったと思う。

ブーヨンとふたりでクラスの隅っこでこちょこちょ過ごす時間は、気持ちがゆったりとしたものだ。

自宅へ帰るとうるさい弟とふたりの生活は女子には苦痛なものだったから、学校生活は彼女のおかげで一緒に過ごす時間は穏やかな大事な時間だった。

とても気が合ったのだ。

ブーヨンの手紙の封筒や便箋のセンスもよかったし、文章の書き方も唸らせるものがあった。

後にも先にもあの頃のような友人関係は二度となかったと思う。

ある日、リーダーグループの3人組が近寄ってきてブーヨンに言った。

『なんであんな子と仲良くしているの』

『こっちへおいでよ』 と急にからんできた。

無理やりひっぱられるか細いブーヨンの腕は折れそうな勢い。

心やさしいブーヨンは日頃大きな声を出したこともなかったが、この時だけビックリするくらい大きな声を出して、『私が○○ちゃんといたいんだから、やめて!』 と振りほどいて戻ってきた。

あのグループの強引なところを知っていたので、ワタクシは無抵抗でただ黙って見送っていることしかできずにいた。

そして、もう憶えていないけれど罵声をあびせられて、フリーズしていたワタクシの心に真っ赤になって震えて本気で怒っているブーヨンに、グループも黙らせてしまうほどのエネルギーがほとばしる様を見た。

ワタクシは勉強もできず、性格もわがままで自信もなかったけれど、この瞬間からもうそんなことを思う必要はないんだと開放された。

この出来事は、後々ワタクシにとってとても重要なこととなった。

20年後、ブーヨンと職場のショールームで電話の消毒サービスさんとして再会した時、随分と風貌も変わったはずのワタクシを迷いもなく『○○ちゃん!』と呼んでくれた。

『小学校の時から変わってないよ』と言われ、嬉しいような複雑な気分だったが、一足先にお母さんになっていたブーヨンは別人になっていた。

あの時のことが、20年間の支えになったことを話し、あの時のことを憶えているか問うてみた。

彼女はまったく憶えていないという。

中学で別れてから、ずっと年賀状のあいさつだけの関係だけれど、そういう距離感が心地いい。

穏やかな人があんなに激しく怒ってくれる…

当時も今もタイムラインは重なり感動する。

でも、まったく憶えていないということは、『共有する』ことってそんなにないものなのかもしれないと思ったのだ。

共有の場面では、歓喜しているより穏やかな流れの中の方が存在するような気もする。

それぞれの小宇宙にあって、時々重なり合えればいいものなのかもしれない。





話しは違うが、昨日ある方から『無人島に行くとしたら誰といく?』

という質問に浮かんだのは…

人という問いにも関わらずムスメでもなく家族でもない『道具』が浮かんだ。

質問者も人じゃなく『猫や犬』という(笑)

大笑い。

これも共有と思う。


そんなテンションの共有がたくさんあれば、常に一緒でなくても全然いい。






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by fairytalem | 2013-07-28 11:37 | つぶやき | Comments(0)

東京駅

こんにちは、Fairytaleですemoticon-0125-mmm.gif

先週末の『ラグジュアリードロワー』レッスンの朝、下り立ったのは東京駅。

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ものすごい重さのドロワーキットと完成品が入ったトランクケースを引きずることもできず両手で体重をかけて押して移動させるしかできないほどでした。

大抵のことは大丈夫なのですが、体力を使わない日頃の生活ぶりがたたり、さらにパーツカットで消耗しきった手、エレベーターを探して乗り込みここまでたどり着きました。

そうだ去年10月に丸の内駅舎は改修工事が竣工したんだっけ…

回廊とかみたかったけど、そんな余裕などこの時にはまったくなかった。

表玄関は閉っており、国賓の方々のご訪問や皇族専用出入りの時だけ馬車や御車寄せで開くという、なんともタイムトリップした気分になる様式だ。

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改修前は2階建てだったのが3階に盛り、ドーム部分は戦災で焼失したものを復元。

復元工事で創建時の形状を復元したなんて、日本のすごい技術です。

建設されてから100年を迎え、当時の明治時代の歴史的背景を想像するに、日露戦争の後の影響や設計した辰野金吾の得意とするデザインは赤煉瓦に白い石を帯状にめぐらせたヴィクトリアンやゴシックの影響を受けたとされる辰野式建築である。

関東大震災をも持ち堪えた造りは 『辰野堅固』 とも呼ばれたそうだ。


しかしながら、うそくさい感も拭えないものもある。 

どう見たって日本建築ではないし、よそから取ってつけた感満載だ。

代表建築のひとつに日本銀行本店があるが、内外観ともネオ・バロック様式にルネッサンスの意匠も加味したといわれている。

イギリスへ建築留学した日本人建築家が欧州古典主義を日本人が習得した初期の作品であること、様式の特徴がわかりにくく一部の柱やドームはバロック様式で、躯体がルネッサンス様式といいとこ取りをしたつもりなのでしょうが、それはコンドルの1期生である日本建築の父と言われた辰野金吾はヨーロッパ中の銀行を視察し、ベルギー銀行を模倣したとされている。

この頃の日本では斬新と思われた建築様式を海外から取りいれることは、明治維新の時代的背景からは当然の成り行きであったのは想像できる。

日本建築という風土に合ったすばらしい様式があるというのに、この本格的模倣はちょっと海外からは失笑されそうだ。

中国のことを大きな声では言えない日本建築史の黎明期を感じてしまう。



このところ、模倣について歴史をたぐることになって、ワタクシはまだハッキリと答えが出せないでいる。

たとえば、ちいさな子どもが姉や兄を羨望のまなざしで、行動やスタイル、趣味まで真似ることは微笑ましい。

また、画家をめざしている青年が技術向上のため、歴史的作家たちの模写をし、研究しているのもまた悪いことではなく、それも勉強の一部であったりする。

自身で言えば、上手に描きたいため漫画家の絵を写して練習していたワタクシの小学生時代も、他愛のないことで深い意味もない。

しかしこの先、利潤が生み出す欲がからむと何故か問題になる分岐点が発生する。
ただ真似をすることは発達段階においてとても自然で、猿だって行動を真似る生きものであったり、動物の世界でもそれは見られ、小さな子どもも当然そうである。

利益としての対価のお金を受け取れる人間が誰であるか…

皆、権利というやつを主張し出すと問題となる。


『私が最初に考えたから…』

その考えたものは意匠であったり、それ自体を証明し難い無形のものだったりすると、とても難儀だ。

音楽の世界でも何小節違うと違う曲とされる。これも誰かが決めて基準にした。

本当はそんなことに精を出しているよりも、創造することに気を向けていただきたいものだが、そこに『正当に受け取れる権利者』 が存在する限り、エンドレスなのだ。

もちろんワタクシも著作権は放棄していない。

気持ち的には放棄するくらいになってみたいものだけど(笑)

だったらこの際、似たようなものばかりつくっていないで、自分の中で完結してみることをおススメする。

とてもフリーで気楽であります。



そんなことを思いながら、東京駅をあとにタクシーへ乗りこんだ。



タクシーのおじさんは荷物の重さにいぶかしそうな顔をして、腰を据えプロらしく荷物を車のトランクへ無事に押し込んだ。

オリンピック招致もある日本の玄関口として、税金を使って整備した駅周辺の街並みは高層ビルが行儀よく立ち並び 『どうだ』 と言わんばかりに立派にそびえ立っていた。

ワタクシにはまるで関係ないというふうに。






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by fairytalem | 2013-07-23 13:06 | つぶやき | Comments(0)

製図コース~生徒様作品~

おはようございます、Fairytaleですemoticon-0100-smile.gif

先々週末の製図コースでの常連のM様の課題完成品です。

とってもユニークなコーヒーフィルタースタンドです。
カルトン2枚仕様で棒状で連結しています。
こんなにシンプルでたった2枚のカルトン!というそぎ落としした究極のカルトナージュです。

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これは富士山じゃございませんよ…ふふっ

エンボス加工のデザイニングまで施しています。
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こういうのを考えてくるM様の柔軟な人柄が出ているなぁといつも感じます。
何よりも楽しんで取り組まれているからだと思いますね。
構造体の支え棒の位置のアドバイスを少しだけして、また仕上げてくるのか…たのしみにしています。


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そして、状差し。

このウェーブ3段がしっかり三段活用されていますね(笑)
写真写りがイマイチでわかりにくいのですが、色もグラデーションになっています。
構造は設計図を起こして、思案されてから作り、作りながらまた思案された様子が作品に出ています。

立体に組み上げてからわかることも実際はたくさんあります。

だから試作というのは設計図通りに仕上がるか最終確認仕様を検討する肝心な作業。

3枚の板がバランスよく倒れないで成立する構造を追究し始めた時…

やっと設計の入り口に立つことになります。

その答えを自分で見つけた時、その時の達成感や高揚感はまさに、


『生きている!』


と実感させられます。

だからワタクシは自分で考えてひねり出すこのは時には苦しいですが、やめられないのです。

その感覚を皆様に味わっていただけたら、製図コースを開設した意味も少しだけあると思えます。






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by fairytalem | 2013-07-16 08:55 | 製図 | Comments(0)

ライティングデスク~FIX仕様~

こんにちは、Fairytaleですemoticon-0100-smile.gif

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『ライティングデスク』 背面はFIX仕様になっています。

このファニチャーのカルトナージュでは、通常の平筆2~3㎝より8㎜の平筆が活躍します。 

それくらい細かいというより、8㎜の平筆が心地よくウェーブの縁周りを走るのだ。

馬毛とナイロンの筆先に含んだボンドが、滑らす早さにともなって筆から離れカルトンへ浸み込む…

グレー台紙ではこの感触はない。

フランス製の高級カルトンボアだからということではなく、ボアの素材性質がそうさせるのだ。


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モノづくりでは、こういった地味な工程を楽しめる体質が自分を助けてくれる。

素材を観察する力が相棒なのだ。

単なる工作でも、やはりその意識というものがより完成度の高い作品へと導く。


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ワタクシは別段、カルトナージュを芸術などどは思ったこともなく、また今まで子どもの頃から親しんだ油彩画やイラストの世界でもそういう捉え方をしたことはない。

好きでやっていただけだから。

そこには何の意図もなく、評価されるためでもなく、認めてもらえるためでもなく、ただ心地よく好きというだけでやっている。

何かを求めたことも考えてみれば、あまりない。


それでいいではないか。



鉛筆で描いた線を消しゴムで消すとき、紙に滑らせる感触をたのしむ子どもの時から変わらない。


いろんなことをやって、手にしたことも手放したこともたくさんあったけれど、大事なことだけは手放したことはしなかったようだ。


この瞬間目の前になにもないところから、イマジネーションと共に意図して計画を立てて作り出すと、何もなかった目の前に、こうして作品と呼ぶものが現実に現れる。

人間にはこうした生み出す力が皆平等に具わっている。


その力を喜べる自分でよかったと思う。







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by fairytalem | 2013-07-12 08:50 | カルトナージュ | Comments(0)

ライティングデスク

こんにちは、Fairytaleですemoticon-0117-talking.gif

カルトナージュ 『ライティングデスク』 の試作品完成です。

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こちらは、10月からスタートする新講座ファニチャーコースのためのプレ企画として
emoticon-0155-flower.gif9月28日(土)午前の部、午後の部、29日(日)の2日間3枠のレッスン開催予定です。
28日午後の部の枠を増設しましたので、1年コース受講をご検討される方は是非ご参加ください。

既存のカルトナージュとは違う世界感を体感していただけるかと思います!

レッスンお申込みはこちらの一番下のバナーからemoticon-0171-star.gif
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変形+ウェーブのパーツカットとケント紙を線にそってカットし裏打ちしてウェーブの始末あたりが手間でしたが、他はサクサクと進む内容です。

デスクのデザインも悩むことなくイメージをそのままラフ画におこして、サイズ出しと設計図の展開図のあと、正確なパース図を単線で描き、組み上げと貼り込み順を再確認し、裏打ち紙がもれていないか、展開図とパース図で見えていない部分を頭の中で検討します。

ワタクシのやり方は、頭の中で立体になった作品を先に3/4以上はわかっている状態で展開図で確認しながら進めているようです。残りの1/4を明確にするためという感じです。

ですから、図面はワタクシしかわからないような図面です。
側面図と断面図が共存した状態になっているので、実線、破線、一点鎖線、二点鎖線で意図を分けています。
共存させた状態に書くことで、パーツの関連づけも同時にできるため効率的で無駄のない作業になっています。
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設計図の基本的な目的のひとつに、他の人間に知らせるためということもあります。
違う分野の人との作業関連を明確にすることで連携作業タイミングや間違えをなくすためであったり、作業優先順もわかるようになるものだったりします。

でも、ワタクシのやっていることはカルトナージュのミニマムな世界では、他者との関連性も希薄です。

しかし、この設計図は虎の巻であって自分以外に伝える目的は寧ろないもので、真逆なものとなっているのです。

建築の世界でそれが起こったと想像したら…コワいですねぇ。

現実にはあり得ない話ではありますが、あやしい建造物だらけで命の危険も伴います。

開示するものとそうでないもの…この違いはなんなのか?!




中国では模倣建築が氾濫している。

国家をあげて他国の有名な歴史的建造物をマジでパクるのだ。

その感覚はやはり日本人のみならず、欧米諸国では想像力の欠如=教養のなさを示すことでもあり、無論タブーになっている。

人気のスポットになっているらしい、杭州のエッフェル塔、江蘇省のロンドン橋とホワイトハウス、河南省のロンドン礼拝堂、広東省ハルシュタット…まるでパスポートなしで周遊できる(笑)
完璧に建造するのではなく2/3に縮小したエッフェル塔や本物より橋脇の高層建築物が2塔多いなど、その意図はよくわからない。

米記者が 『古い歴史を持つ中国はなぜ巨額を投じてパクリ建築物を作るのか疑問』と中国人に質問すると 『能力をみせびらかしたいからで、コピーする技術の到達や文化の成熟を示し、コピーした本人が低俗に見られることはない』 という。

絶対日本の建築物はマネはしないのはわかるのだが、要は経済大国に強い憧れと敬畏があり、マネすることで同じように豊かな生活を期待しているというのだ。

最後に記者は 『将来中国が他国を超越する日が来た時、中国の伝統文化建築を見直すのか?これらの模倣建築物はどうなってしまうのか。』 と疑問は解消されないまま。


手に入れていないものを求め過ぎる結果ではないのか、と思う。


強い劣等感がそうさせるのか、似て異なる日本に敵対心をいだく歴史背景だけではないと感じてしまう。

いずれ模倣建築物たちはガラクタになり、手の中にはいらないものだらけで、すでに自分達が遥か昔から作り上げてきたものを保護してこなかったことに悔やむ姿が見えるのだか…




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by fairytalem | 2013-07-08 09:37 | レッスン | Comments(0)

鳥は天と人間を繋ぐもの

おはようございます、Fairytaleですemoticon-0155-flower.gif


アトリエは2階なので、屋根を見下ろす位置にスズメの巣が周辺にたくさんあるんです。

この時期すずめの交尾が目の前でほぼ毎日見られます。

普通人間にみられるのって自然界ではそうないのですが、このスズメは人間の生活圏内で生活し特に交尾は天敵から身を守りたいという完全なメリットを見出して繁殖しているんですね。


肥えたスズメと目が合いました(笑)


鳥界では熾烈な生活スペースの争いが絶えません。

事務所の上にもムクドリの争いは毎年です。

ロシアか大陸だか行っている間は静かな屋根裏。

2週間くらい前に1家族が争奪戦に負けて出ていったのを目撃したとお隣さん情報。

後に、ひな鳥2羽が無残にも落ちて死んでいました。

それもほとんど見ない年はないです。

ずっとムスメには見せないように気をつけていましたが、先日あろうことかすでに亡くなっていた雛鳥をipodをしながら思いっきり踏みつぶしてしまいました。

ワタクシの悲鳴でやっときがついたアホムスメ。

今までの配慮を思うと、なんだったのか…


鳥は人間の匂いがついた雛の元へは二度といかない生き抜くための習性があります。

人間の私たちとはちがい、自然界の摂理をこういった場面で思い知らされます。

かわいそう…なんて感傷的になるのは人間の独特のもの。当の彼らには、何の意味も持たないこと。

甘っちょろいのは私たち。

そんな彼らは生きることに対してとても自然。

その時はあっさりと受け入れて、切り替えも早い。

『命は自分だけのものではない』 …という姿を見せられたような気がしました。

そうやって命を繋ぐことが重要なんです。

私たちのその場の取り繕うことの浅はかさとは、達観しているようにさえ見えます。

子どもを転ばないようにする人間と、人間界へ落ちてしまった我が子との糸を絶ち次へおくる鳥。


以前、メンターの先生に鳥について、ワタクシの周囲にはいつも鳥の存在を意識するようなことがあるので、なんとなく興味本位で聞いてみたことがあった。

その時に話されたことは記憶には残っていないのだけれど、1つだけ覚えていることは 『鳥は地上の人間と天界を繋ぐもの』 だということ。

ワタクシたちは日頃、天のことなど忘れて生活をしている。あるいは、最初からそんな概念だかを知らないようにしている。

自分ですべて解決してやっつけて、生活をするもんだと教えられてきたから。

でも、どう考えたって自分で解決してきたことなんてひとつもないんじゃないかと最近は感じている。
その天がすべてを見ていることを日頃から感じ、信頼することで、この地球で生きていくことがラクになるように思うのだ。


困難な状況が生まれると、アナタは逃げるほう?立ち向かうほう?


ワタクシは単なる習性で立ち向かうほうだけど、結果的に痛いけどやっぱり正解だったといつも思う。




今の私たちと鳥の彼らには隔たりがあって平行線のように感じてしまうけど、ずっと昔は一緒に生活圏を侵害しないように、時には交わり生活の中に馴染んだ存在だったのだろうと思いを馳せ、この時代に居ることの意味をかみしめてみる。





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by fairytalem | 2013-07-01 09:05 | つぶやき | Comments(0)

カルトナージュやタッセルなど手仕事をご紹介


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