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変化しつづけるということ


先日、10年以上前から興味のあった「四柱推命」の鑑定をしていただきました。

昔、四柱推命の独習というタイトルだったか、少しばかり専門書を自分なりに読んでいたもののすべて忘れ去られていたため、初めて鑑定を受ける気分でした。

ワタクシは家庭人としての主婦はまったく向かないという真実と向き合いました(笑)

今更…わかりきったことを、ふんっと言われそうです。


その四柱推命で新たにわかったことは、天徳と言って徳のあるご先祖様が守ってくれる星がありました。
それは何万人に1人という割合の確率でこの日本にいるそうです。日本の人口は1億2560万人として、3万人に1人と仮にしたとすると4200人ほどいるということです。


すごーい、らっき~じゃな~い


なんて、言っていたのも束の間…


それ以上に恐ろしい傷官という文字が横一線に3つ…他にも2つほどありました。
鑑定士さんも怖すぎてどう言っていいかわからないと思います。
TVの報道のような殺傷事件や訴訟問題、刺さなければ刺される、もしくは手術で切る、事故、など身震いするような大きな一大事になってもおかしくないそうです。

こうした芸術的な面では最高にアンテナが張り巡らせている状態でキャッチは充分すぎるほどであるため、だからなのかアイデアやイメージは絶えず降ってきます。
溢れているという感じです。
と、同時にこの状態の正しい見方としては、交感神経のアンテナがすべて立っていて副交感神経が劣勢になっている状態として見るわけです。


…つーことは、私はキチガイなのでしょうか?!


ちょ、ちょっとまって~っ


確かに…ムスメにはすぐに怒るし、頭をぺしっとすることもないわけではないけれど、高学年になってからはほとんどそこまですることもなくなり、寧ろワタクシの一呼吸置くことも意識しているので、問題ないと思うんですが。


明らかに、鑑定士さんどん引きしているみたいです…
そのキチガイになる状態になっているアンテナ6本半、火のエレメントには1つもなく、アンバランスです。
だからなのか、赤は好きじゃないのにカルトナージュを始めてから赤の生地の作品や自分の服装に赤のものは多いんです。無意識で足りないものを選んでいたようです。



そして、火のエレメントの多い人をアシスタントに育てようというメッセージがピーンときました。

…周囲に1人、もしや…と思う講師候補がおりましたのでお誕生日を確認しましたところ…

ビンゴでした!

これでワタクシの不安定なアンテナも落ち着きが出てきました。




そして、この危険な状態が続く中、意識して回避できることがあると懸命に考えました。

まず、ワタクシにいじわるをする人間がいたら愛をもって返すこと、我慢しないこと、無理はしない、ガス抜きは意識して定期的にすること、作品をたくさんデザインすることで瞑想状態を多くすること、ワタクシはとても幸せであることを意識する…

多分、これで大きな事故や怪我には発展しないと感じました。

そして現在の四柱推命の読み解く方向といいましょうか現代に合った見解ではなく、かなり古い解釈に、ちと、もの申す…

同じ命式でも男性と女性では見方が違い、吉星であるかは性別で判断されるという点です。
女性の吉星と男性の吉星が割合で違ってくるんですね。
古い男性社会にいまだにどっぷり浸かっている人には影響があるかもしれませんが、すでに専業主婦をリタイヤし、性別に関係なく活動しているワタクシにとってはまったくもってあてはまらないことです。

自分らしく生きることを自分も家族も許してくれているからこそ、成り立っているわけです。


そして忘れてならないことは、時代と人は常に変化しているということ。
正確にものを観るには、柔軟に時代と人に解釈を変えていくことが不可欠であるということ。




そんなことがあって、ちょっと考えたことがあります。

古い社会、使い慣れた古い習慣、一部の人間の有益のためにその他大勢が犠牲になること、抑圧された性差…
それはもうとっくにワタクシたち女性は気づいて、声高に女性平等などど言う気は一切なく(寧ろこういう女性議員には迷惑)ただそのままであること(女性)を自分から受け入れているし、もうほとんどの女性がそう感じていると思う。

今までの男性社会は男性であるだけで優位になるしくみをつくって、いわゆるゲタを履かせてもらっていたわけです。

こう言ってはなんですが、仕事ができなくても女性より立場は上のポストにいられた時代がありました。
アベノミクスの成長戦略の中核、女性の活躍についても女性自身も勘違いしないようにしないといけない。
明らかに安部政権では女性にゲタをはかせてやるという姿勢だが、実際は今までの男性が女性にはかせてもらっていたわけで、決して女性にゲタをはかせる政策ではない。


現実に待機児童ゼロにインフラ整備が重要で、各自治体で取り組みが必要です。
育児休業3年に延長するよう要請しても、3年に期間が延びたのは選択肢が増える意味では歓迎だが、実際キャリアを考えると長くて1年(ワタクシは5カ月)がせいぜいで3年保証という社会の雰囲気はまったくない。中小企業にその蓄えがないこと、3年後リカバリーする働きができるバックアップ体制が家庭内、企業内にないことがあげられる。

安部さんのいう3年とは3歳児神話でしかなく、確証のないところからきている。
(子どもは3才まで母親のもとで育てるべきという考え)

女性側の整備というよりも男性が育休を率先してとれる社会、企業を増やしていくことで女性が社会で働きやすくなることに直結すると思うのだ。

いままでの経緯をふまえると黙って女性が出ていけるしくみなないに等しいのだから、口だけ政策にしないでほしい。

男女雇用機会均等法が施行されて28年になるというのに、男性諸君、女性比率は1割でしかないという情けない実情をどう感じるのか。

確かに、女性も甘んじている人も中にはいるが、それはそれでいい。
いつか周囲が変化しないと気付けない人もたくさんいる。


女性役員○%、執行役員○%、管理職○%、総合職○%と数値目標を企業側に実行させ、人材育成から評価の在り方、勤務時間残業なし、支援など下地をしっかりと見極めて義務付けしなくては進まない。

その中で女性は女性であるにも関わらず、女性らしさを捨て去り男性社会で奮闘してきました。

この状態はどう考えたって女性には不利です。無理があるのです。



本来なら、女性であることで社会においてもちゃんと会社企業の中でも充分に潤滑して利益を出すことができるはずです。寧ろ、そうであると認めると困る、古い思想の男性が搾取できなくなることで恐れていたのです。

今までの今も継続している社会で、そう感じる場面に女性であれば皆体験しています。

最近でも議員が女性議員にヤジをとばしたり、その内容も残念すぎて言葉もありません。

どこの世界にもまだ古い体質が残っていて継承している部分は否めません。

変化できない世界では、いずれ衰退する経路を辿るのは想像できます。


話はズレましたが、女性であることで社会に生きにくいなんて、はねのけてやる!で企業戦士として産休を使えない実情に組織の長まで訴えた経験上(このお話は後ほど…)、どうしても女性劣勢、男性優勢というしくみには違和感をおぼえます、いえ…怒りをおぼえます。





小学生の子どものいる我が家でも、これから必要となる学費について頭の痛い話がある。


物価が今の半分の時に比べると、大学の学費が50倍になっているという現実、皆さん知ってましたか?


今のサラリーマンは昇給が少ない中(ほとんどないところも多い)学費だけ上がって個人負担増になっているわけです。

昔は国で支えていた学費が今は個人負担となっているのですから、昔のカツカツよりもずっとカツカツになっているのが一般家庭なんです。

諸外国を見ると、学費無料が15カ国(北欧諸国のデンマーク、フィンランド、ノルウェー、スウェーデン…)
授業料のある国でもイギリスでは43%免除、14%減額処置。アメリカでは私学が高いものの、7割の学生が通う州立大が安く各家庭で数十万の減額処置有り。奨学金も欧米では返金しない制度になっている。

日本では奨学金の名にふさわしくない。


優秀な親しい友人がが言うには 『あれは学生ローンという借金制度名に変えるべき』 というのにもうなずける。

社会保障のしくみにも違いがあるにしても、ここまでの違いには格差社会にする意図を感じてならない。

実際、年収400万以下の家庭では30%、年収1000万以上の家庭では倍の60%の大学進学率の意味は、年収のない家庭は大学にいけないという現実の国がこの日本なのだ。


それは国家にとって不利益であることはいうまでもない。

優秀な学生が育つ環境が国にないのだから。


収入のある家庭のご子息ご子女が優秀である確率に期待できない上、圧倒的に多い年収の少ない家庭の学生が優秀であるかもしれず、機会を逃していることに危惧している。


そして、次の世代へどんどんバトンタッチしていくことだと思う。

それはいずれ自分達がたくさんの老人でいっぱいになった世界がやがて混迷し、思惑とちがった現実が待っているとは思わないのだろうか。

目先の追究に忙しい世代は、そろそろ交代して若い世代を育てるしくみづくりを真剣に取り組んでいかないと取り返しのつかないことになりかねないと思うのだが。




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by fairytalem | 2014-08-06 10:24 | つぶやき | Comments(2)

恵比寿と 『嫌われる勇気』

こんにちは、Fairytaleです^^


最近は、都内レッスンが終了した16時以降に今までにない行動パターンが増えました。

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恵比寿です。。。。


こちらで何をしているかは言えませんが、昔から興味のあることはかじっては独学を繰り返すのがスタイルだったのですが、今回は新たに勉強してみたい分野が増えたとでも言っておきましょうか。


楽しげにパラソルの下で夕刻のビールを飲んでいる人たちを横目に、相変わらず遊ぶという選択のない自分(笑)

これも半分以上は遊び以上に楽しいことなのでワクワクしていますが、毎晩少しずつ書籍を読み進めて予習始めないといけません。




読書といえば…

最近の読書は流行りの 『嫌われる勇気』 をやっと読みました。

アルフレッド・アドラーは心理学の三大き巨人、フロイト、ユングに並ぶ心理学者。心理学の書籍を読み進めるのは慣れないうちは眠くなり、読み切るのは難しいものですが、真理を求める若者の質問と哲人の解答の対話形式なので、具体例をあげて理解を進めていくため一気に読めます。

アドラーの提唱する心理学は自分には一番しっくりくるので、読んでいて意外性はありませんでした。

フロイトやユングが提唱する心理学の方がフィットしないものが多いので、アドラーが指摘することは痛みより再確認をさせてもらった感じです。

人格形成の幼少期のマイナスなトラウマのせいでこれができない(親のせいでこうなった)、仕事がうまくいかないのは上司のやっかみのせいだ…こんな話よく聞きますよね。

アドラーはハッキリと否定します。


『あなたが変われないのは、自らに対して「変わらない」と決心しているからです。』

『ライフスタイルを変わらないでおこうと不断の決心をしているからです。』


ここは、すごく納得します。

頑固な人にそれを常々感じます…家族や自分自身にも。



『普通であることの勇気をもちなさい』

『普通であることとは無能ではなく、わざわざ優位性をまわりに誇示する必要性などない』

とさらりと言います。


確かに!


ものすごーく頭のいい方って、普通にしていませんか?

その人に教養があるのは、にじみ出てわかってしまうものだし、わざわざ言いません。
言う人は、認めてもらいたい承認確認したい欲求が満たされておらず、そもそも自己信頼がなされていないという。



怒ることも褒めることもしないことを提唱するアドラーの心理学は、子育てに大いに役立つ気がします。

そもそも褒めることは、上から目線であり(子どもを褒める時なんてよくできましたって言いますよね。主人や取引先の人に言えますかね?)ほめられることで、主導権を握りそうあって欲しい方向へコントロールしているといいます。

ここはかなり痛い話でしたが、深く納得しています。


興味のある方は時間がある時に、読みやすいので読んでみてください☆





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by fairytalem | 2014-06-11 10:57 | つぶやき | Comments(0)

アナと雪の女王

こんにちは、Fairytaleです^^

梅雨入りして、なんだかホッとしている今日この頃。

『アナと雪の女王』 をやっと観てきました。

家族の時間と微妙にズレてなかなかいけなかったので、約束をはたせてよかったです。

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思わぬあのメイン場面(松たか子バージョン吹き替え)がなぜか自分と重なり感情のウェーブが起こりました。


姉のエレナ女王の能力のコントロールができないことで隠す手段を両親がとったことによりエレナは抑えつけられた生活を強いられ自分を信じる事や妹のアナと一緒に過ごせない思春期をおくってきたのですが、女王戴冠式でアナは初対面の他国王子といきなり結婚したいというハプニングで姉妹の絆が揺らぎます。。。
そのとき、エレナ女王は孤独を選びそして自由を選択しました。
それが、あの場面の『ありのままで~、これでいいの~自分を好きになって~自分を信じて~光あびながら歩き出そう~少しも寒くないわ』 と日本語バージョンの松たか子さんの歌声で語ります。

原曲の『Let It Go』イディナ・メンゼルさんバージョンとはニュアンスは違います。

1音に対して英語は1単語、日本語は1文字の差があるので、日本語は情報量ではかなり不利です。


しかし、どうでしょう。


少ない言葉だからこそ意味は1つに聞こえないように歌詞を考えられているように感じます。

英語バージョンでは状況をはっきりを浮かぶように説明じみてしまうくらいです。

しかし、ここの場面は乏しいはずの日本語の劣勢が、ニュアンスや雰囲気、曖昧さなど日本人らしい繊細さを感じさせます。


多くを語れないからこそ、聴く側、観る側に委ねることによって世界が広がったのです。


『アナと雪の女王』 日本語バージョンと英語バージョンくらべ


ワタクシは自分の幼少期とエレナ女王を重ね、自分を信じて自分らしく生きることを選択できた時、悩ましい凍らせる不思議な力は、美しい氷の宮殿を形成させるコントロールへと導きます。

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パァ~っと広がる意識を映像と共に感じ、そして振動しました。

なぜ感動する映画であるのか…

その謎はわかった気がしました。

単なるラブストーリー仕立てではなく、姉妹愛をベースに描いたのがかえって薄っぺらい恋愛物語にならなかったのかもしれません。

そして愛情とは育てるものである…きっとそう言いたいのでしょうか。

または家族愛は普遍のテーマで、移り変わりゆく恋愛よりも強固なものだというのでしょうか。



子どもの映画におさまらず、ディズニー映画らしい仕上がりになっています。


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壁掛け飾棚のエンボス部分とビーズタッセル ↑

ポンポンにスカートをはかせたタッセルをデザインしていたのですが…

材料がフィットするものがなかったので、昨日浅草橋まで足をのばしてきました。

いつ完成するかわかりませんが、気長にお待ちください057.gif



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by fairytalem | 2014-06-07 18:11 | つぶやき | Comments(0)

休日

こんにちは、Fairytaleです^^


家族貯金がまったくなくなってきたワタクシは、昨日は東松山まで母のハイブリッドの新車でドライブして、水遊び&自転車コースぐるぐるに、行ってきましたw
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前回の陸上記録会での日焼けで顔の皮がむけるほどになったので、車中でUV用下地を塗りたくり準備OK047.gif


ムスメは何を思ったのか、真っ黒に日焼け済みの小学生が今更 『美白になるから、うちもUV用クリーム買う』 と入口の売店でもめました。
これからプール開きで意味ないから…021.gif


下界はすでに36℃という数字を出し、公園内はバスが1時間に2回ペースで運行している広さをバスが待てずに山道を、『ぜいはぁ』 しながら登りました。

解放されたムスメは子どもらしい時間をすごしました。


森林の中にある公園は、水遊びする子どもたちがたくさんいてにぎやかでした。

アスレチック遊具には幼稚園児から小学生の低学年までのお子様でいっぱいでした。

うちの小5は…大きなお姉さんに見えてしまいます。

小さな子どもたちが目の前のロープを登る姿をぼんやり観察してひとりたのしんでいました。

今の子どもたちは上腕筋が発達していないと聞いていましたが、見事に8割以上の子どもが登れませんでした。

見ていると、お父さんやお母さん、はたまたおばあ様が手伝って登らせようとしたりしているお子様は…登れていませんでした。

中には低学年の体重の軽いお子様は、お猿さんのようにスルスルといとも簡単に登れる身体能力の高い(昔は普通だったかな~)女子が2人、男子3人ほどいました。

若いお父さん2人が見本といいながら、まったく登るどころか、とびかかって次の手が上に延びることなく、面目まるつぶれだったのには、くすっと笑ってしまいました。

自分も含め、体力なさすぎ~の現代人いけませんわw




途中、コースを外れ散歩道になっている土の道を歩いていると、チョウチョがひらひらとワタクシ達の周囲に集まってきました。

土のある森林に囲まれた自然の中で過ごすと、色んな日常のとらわれからリセットしてくれます。

鳥の鳴き声や小さな虫、チョウチョ、トンボなどアトリエや事務所で大半を過ごす生活の不自然さを実感しました。

本来なら、自然の中で過ごすことで地面から伝わるアースパワーを受信し、元気になることができます。

弱り切っている心と身体を感じ解放しました。



帰路では、太田の道の駅に寄ってピーマンやほうれん草、暑いのにパパは炭酸饅頭を買いました。
…まんじゅう好きなんですよ

ワタクシはアイスコーヒーを自販機で購入しようとしたら…この暑さだというのにホットのボタンを押してしまい、不覚にもしっかり握り≪あっつい!≫思いをしました。

ぼんやりしすぎ~でした(>_<)


早い夕食に赤城山の麓にある母のおススメのちょっと高級な焼き肉店で、しっかり食べてきました。


今日から、またがんばるぞ!





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by fairytalem | 2014-06-02 11:37 | つぶやき | Comments(0)

マイケル

こんにちは、Fairytaleです^^


ゲリラ豪雨中です…

雷の地響きで古い小さなアトリエのあるビルが振動していますw

屋根にバウウンドする白いかたまりは…ヒョウ!005.gif

少し涼しくなったので、このあとカルトンカットをするのに絶好のタイミングになりました。


先日、マイケルの完全未発表の新曲アルバム『XSCAPE』がリリースされ即Amazonへ。
熱烈なマイケルファンではないのですが、ラジオで解禁になった日に、心へすっと馴染んだ「Love Never Felt So Good」はアナログ感を残しながら、ディスコサウンドソウルが気持ちよく軽くやさしくときめいたのだ。
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原曲はポールアンカと30年前に共作したそうで、よくぞ温めておいたなぁと思いました。

これが作曲当時だったらそう売れなかったかもしれないし、今だから感動できる仕上がりになっている。

マイケル亡きあとを引き継ぐそうそうたるアーティストたちはマイケルのボーカルを修正せずに現代風にアレンジさせたのだ。

最近はマイケルばかり聴いている。

30年前の中学生の時は、まだマイケルは黒く若々しくしなやかな身体でプロモーションビデオが流れた記憶がある。教室の後ろでマイケルの振りつけスリラーをよく踊ってふざけていたこともあった。小林克也の〈ベストヒットUSA〉はかかさず観ていたし、musiclifeも毎月おこずかいから購読していた。好きなアーティストの情報と来日コンサートを押さえるだけでも田舎の中学生には大変なことだったので、マイケルまでいきわたらなかった。

マイケルのアルバムは実は今回初めて手にしたのだ。

ジャクソン5のアルバムは持っているが、子どものマイケルの声が可哀そうで聴けなくなってしまい、以来ずっと聴いていない。

声には、その人の見えない感情や振動がエネルギーとしてのっかっているせいで、敏感な人ならわかるのだ。

なんとなくマイケルには縁遠かった。

マイケルの遺産をさびつかせたとか、肯定的じゃない評価もあるようだが、いろんな思惑があると思うが、マイケル亡き後にプロデュースしたアーティストたちに感謝したい。




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by fairytalem | 2014-05-29 16:55 | つぶやき | Comments(0)

スナック


『どこですか?スナックは…』

『あ、一階です』



時々、間違えて下のスナックのお客さんが夕方の明るい時間にアトリエに入ってきてしまう。

…まだ夕方の5時なんですけど~?


今どきのスナックって、もう古い田舎の大人の社交場。

60~70代のお客さんが主流だったが、ここ数年客層の変化がある。

ワタクシたち世代の40代…30代、いや若者?たちが利用している。

景気の影響でスナックの都内相場4000~5000円をさらに下回る2000~3000円というから驚きだ。

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下のスナックのイメージに近い感じ↑

スナックの定義とは 『軽食(スナック)を出す、アルコール(Bar)のお店』 だとか。 

下のスナックはママの手づくり料理が並ぶので、4000円でがんばっているそうだ。


夜には懐かしい70~80年代の歌謡曲のカラオケが7時を過ぎる頃から、ひっきりなしにかかっている。

1階の古い店主のママは朝掃除に来て、夕方着物を着つけてくる。

ママのプライドなんだとか。


ママの帰宅時間はいつも1時をまわった頃。

時々、ママの軽自動車のエンジン音で 『このビルはもうアナタひとりよ』 と言われている気がして寂しくなる。

『夜中、コーヒー飲みにきなさいよ』 と、お誘いされてもなんだか気が引けてしまう。

 
ワタクシは毎晩ではないけれど、ムスメが年長さんからずっとアトリエでひとり作業をしてきた。

朝陽を迎えたことも何度もあった。

肉体はあきらかに年々きつくなってきているが、精神的に弱ることはなかった。


1階のスナックへ毎晩くる常連さんもいるらしいが、うらやましいと思ったこともなく、ただ懐かしい曲をかけてくれると仕事をしながら 『おぉっ』 と反応してこっそりたのしむことはできた。


深夜0時を過ぎると、外から大きな声で 『アディオ~スっ』 と何度も陽気なご挨拶が聞こえてくる。

いい感じのゆるさだ(笑)

酔っ払いのくだらないダジャレなんかも2階まで響き渡るので、お酒の飲めない体質の自分とのギャップに吹き出すこともある。

夜中になると、どんな人間も穏やかになってくるのだ。

交感神経もそろそろ限界になってきているんだ…と感じる。


お酒の飲める人はストレスをここで解消にやってくる。

お酒の飲めない人は…?


自分のやりたいことはなんでもやってきたつもりだけれど、これでいいものなのか?と振り返る暇すら作らないできた。

反省やら間違いを見つけることなんて、大っきらいだから。

今日 『ダメでした』 と、なったとしても明日考えればいい。

だからって、先のことも何にも計画しないでただ突っ走っているのはどうかと思うが、そんな感じに近い。


ひとりでも感動してもらえる作品をつくれたら、もうそれでいい。

人に期待せず、自分に期待することにしてみる…



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by fairytalem | 2014-05-21 10:47 | つぶやき | Comments(0)

若き日の記憶の旅10~腐ったみかん編~

当時の人気漫画高橋千鶴原作『グットモーニングメグ』のかっこいい良平君がバスケ部だったということで、運動嫌いで運痴でもあったにもかかわらず、単純なノリだけで小学校から一緒だったT子と体育会系へ志願してしまった。

そういう動機はおもしろいと思っていたが、自分の愚かさを後にひどく悔いたものだ。

小学校の徒競争では5~6人で走ってゲビ2が定番だった上、体育の成績も2が定番だった。素質もなければ闘争心というものもなく、競う意味がわからなかった。やる気ゼロ、根気ゼロ、元気ゼロのワタクシにとってバスケ部の運動量の多さにはすぐに《退部》という文字が見えていた。

どれくらいバスケ部は壮絶だったかというと、男子と合同練習という形式だったので、体力的に男子並みになってくるのを顧問が期待し結果、県内で優勝圏内にいた。


少女マンガレベルのワタクシたち三羽がらすは、本気ダッシュで校外一周をタイムウォッチで先輩が計測記録しノートに刻印され、少しでもタイムが下がると過酷にもさらに数周追走させられた。

倒れる子もいた。当然すぎるであろう。命があってよかったと本気で思う。


もちろん、今では信じられないけれど水は禁止。2時間近く10周以上走らされても、一滴もダメ。最後に真っ赤になった後輩が抗議の目をむき出しにすると《そろそろ水OK》の解禁となるのだ。真夏の10週は体罰と言っていいレベルだったゆえ、心臓が飛び出しそうなくらい動悸が激しくのどを通る空気の水分すら惜しむかのうように激しい呼吸に、軽い呼吸困難にかかっていた。

ワタクシはというと、先輩の目をぬすんで友人を誘ってかくれて水分を補給していた。

《バカバカしい…》 きっと2年の先輩が3年の先輩から受けたことを繰り返して楽しんでいるだけだった。

その中でも一番酷な2年の先輩はすごくかわゆく男子から一番人気だったらしいが、性格がゆがんでいた。
よく言いがかりつけられたことは、渡り廊下ですれ違う時に先輩を無視したと覚えのないことで責められた。
気が付かなかったのだろうが、先輩たち曰く廊下に出たらいつでもどこでも先輩がいると思って注意を払うもんだ、と。

集団で移動する先輩20名以上が目の前を通過するまで全員の数だけきっちり頭を90度さげて 『こんにちわぁ~』 と大声でハッキリと《ほとんど怒鳴る感じ》挨拶するのが基本だった。


その頃、《先生方はこのおかしな行為をどう捉えていらっしゃるのか…》と思うばかりだった。



運痴のこのワタクシが、バスケ部での壮絶な走り込みの特訓を毎日毎日先輩のいじめのしごきに耐え、時には倒れ込むと罵倒され散々けなされた挙句、生きている価値までもないような言われ方をされた。

無論帰宅時の三羽がらすは先輩の悪口をどう表現するか言い合い、大笑いして暗い夜道を明るくしたものだ。

気の小さい三羽がらすにはこの時間でペイするしかなかった。

中2の秋の校内マラソン大会の中2女子の部では、マンモス校ゆえ200人程度いたであろうか…12~14位だったと記憶する。

このワタクシが…です。
その中には本職の陸上部がいます…というか、本職を抜いてました。

10位の内訳は、内輪バスケ部のレギュラーメンバーばかり。いつも三羽がらすが抜けないスタメンがズラッと並んでいました。

それくらい鍛えられていたのです。

その前日に足をくじいて腫れていたので、担任に欠場を切願したところ《うそね》と、とりついでもらえず、ムッときていたこともあり、それが原動力となって三羽がらすの中でも早かったのかもしれない。
担任は《くじいていなかったらもっと結果出せたのにね…疑って悪かった》と謝ってきた。
きっとこんな上位にくいこんだくらいマラソンは好きなのに、よほど痛かったのを無理させてしまった…と思ったようだ。

イヤイヤ違いまっせ。

マジで走るのは嫌いなのよ~ん021.gif

結果なんてどうだっていいんだもの(笑)

好きか嫌いかですべてを決めていたワタクシは、今でも正解だったと思う。

成績がいいからとか結果が出せるからという理由で選んでばかりいるといつかはつらいことになるのだから。

ものごとはすべてこの《好きか嫌いか》というシンプルなものだと、歳を重ねるごとに強く確信していく。



バスケ部はなぜすぐに辞めずに続いたのか、理由は多分ムキになっていただけだと思う。
今のワタクシなら即退部だろう。
スタメンとなれるには小学校でミニバスに所属し経験を積んでいないとなれない。ミニバスメンバー以外でもメキメキと上達していった長身の子はときどき交替で試合に出られた。
別段、試合に出たいという情熱もなくもっぱら応援しているほうが気ラクではあった。
基礎体力づくりが8割いや9割で、残りの1割それ以下の実践技術という配分の練習が日課となった三羽がらす。
スタメン以外はプレイの指導をほとんど受けたことが無いというのが実情だった。

そのことに疑問もなく、そういった小さな世界を受け入れるだけの中学1年生だった。長身のT田さんは上達しただけあって顧問Mに時々くいさがっている光景を見て《すごい意欲だな》と感心した。三羽がらすにはそういった向上心も期待もなく情けないが、ただつらい練習をこなすだけで精一杯だった。


顧問のM下先生《Mと呼び捨てしていた》は、プレイが気に入らないと折りたたみ椅子を女子の先輩に投げつけてアザができるほど過激な指導?だった。

ワタクシはMの事は大嫌いだった。

三羽がらすももれなくそうだった。

夏休みには卒業生がご指導に参加することがあり、高校生の先輩のシュートは惚れ惚れするスタイリッシュな姿だった。ひとりの時や間違って早く部活に出てしまった時にこっそりその先輩のシュートスタイルを真似して練習をしていたことがあった。決して向上心とかバスケ愛でやっていたわけではない。すると、顧問Mが入口からじっとこちらを凝視しているではないか!

途端、心の中を見られたような恥ずかしさで練習をやめた。

すると顧問Mは黙ってボールを拾いワタクシが求めるそのスタイリッシュなフォームのシュートを見せた…震えるほど悪寒が走った。日頃、三羽がらすのダメっぷりに指導らしいことなど受けたことなく無視待遇だったことや有望なメンバー以外はゴミだとばかりの扱いであったことをよく理解していたからだ。

《これが宗方コーチだったらときめくんだろうが、誰ひとり顧問Mにそうなることはおそらくない》


その後、優位になってきた試合で途中交代として初めて名前を呼ばれた。

困惑しながらも、緊張してカーッとなり視野が湾曲してゆがんでみえるほど、自分はどんなプレイをしたのか覚えていない。バスケ部であっても知らなかった3秒ルールのことや、試合ではボールを取り合う時、相手から足を踏まれたり、肘鉄をくらわせられたり、睨んでいかくすることを試合で知った。

その時の違和感は、見た目と違ってバスケって全然爽やかじゃない…
自分には合わないと思い知った。(自分が爽やかであるかは疑問ではあるが)


部長のジュンコとは、なぜか仲良くしていたこともあり部活以外にもよく話をする仲だった。

三羽がらすとはまた違った慣れ合いのない、よき友人であった。
ジュンコやミニバス経験のスタメンは小粒ぞろいで、それぞれの個性があり中でもジュンコのプレイはカッコよかった。一番シュート数の多いマユミは高慢ちきなところが皆から共感されなかったようだ。ワタクシは2年のときマユミと同じクラスになった時、ちょっとしたエピソードがあったので同情の目が手伝いそう思うこともなくなった。

マユミは小学校時代同じクラスだったSのことがかなり好きだったようだ。

筆箱のカンペンが部室に落ちていたことがあり、T子がフタを開けたとき…S❤LOVEと太っといカラーマーカーで流行りの丸字で女子らしくハートまで描いてある、禁断の特上機密情報が飛び込んできた。

日頃マユミをよく思っていなかったT子の目はランラン。
どう料理するか声を上げた。

《ダメだよ。これはここだけの話にしておこう。》と三羽がらすのふたりはT子をなだめた。

筆箱をマユミの棚へ置いて素知らぬ顔をしておいた。部室に戻ってきたマユミは置いたはずのない筆箱をすぐにみつけハッとした表情をして、きょろきょろと周囲を見渡したようだったが無反応の三羽がらすを見て筆箱を仕舞いまた出ていった。

三羽がらすは顔を見合わせて噴き出して笑ったが、マユミのことをちょっとだけかわいそうに思った。

同じクラスゆえ、Sに目線を常に合わせているマユミを見るのはつらかった。その恋はかなうことはないとよく知っていたからだ。Sは隣のクラスの美人のE子からも熱烈に求愛されているモテ男子だったが、小学校から一緒だったワタクシには共感を感じられず他人事だった。E子からラブレターとプレゼントをSに渡して欲しいと急に頼まれたことがあり、とても困ったことがあった。もちろん自信のあるE子は堂々としていたので何度もトライしてもSは受け取らなかったため最後の手段として託されてしまった。

一部始終こちらを観察していたマユミの視線も痛かった。

何度目であったであろう、Sが 《おい、お前友達だろう。これ返してくれ。》 とぶっきらぼうに誰もいない教室のロッカーでタイミングを見計らってなにやら開封した形跡がない大きな袋をつき出してきた。

E子に渡す時、ワタクシが申し訳ない気分になりその大きな袋をSの替わりに返した。
《ふん…》と意外にあっけなくE子は失恋をすぐに受け入れた。
諦めてくれて安堵したのを覚えている。

成人して最初のOLの時、Sが飛び込みで最新パソコン導入を勧める中堅企業の新人営業マンで受付に入ってきた。
びっくりしたのはSが身長もぐんと伸びて、スラッとしたスタイルにスーツでカッコよくきめていたことだった。
マユミもE子もあの時にこうなることがわかっていたのか…
しかし硬派だったSと少しだけ会話したのが 『今度飲みに行こうぜ』…ありふれたチャラいハタチになっていたことが残念でならなかった。
余談だが、Sの妹はけっこうな美人で有名だった。
実の3つ下の弟の事が好きだという《電話》の受話器をひろったことがあった。
《随分と奇特な子だ》と姉は思った。


中1の春、成績が急に上がった理由が《いじめにあった》ことと《頭のいい男子たちと席が隣になった》ことが要因だった。

Fちゃんの1つ上のお姉さん曰く当時の新入学生はまだ小学生っぽくきゃぴきゃぴしていた中、ワタクシは大人の目をして落ち着いていたそうだ。勉強が面白くなった頃で、英語をもっと知りたい発音を正確にとらえたいという洋楽好きが高じて、歌詞をノートに毎日書いて自分なりに訳し、歌詞イメージのイラストも描いて1冊にまとめていた。詩を書いたりすることもあったのだが、皆には意味不明な文章で読まれても意味がわからないだろうと気にもとめなかった。あるとき仲良くしてくるRさんが一緒のトイレに誘ってきたがそういうのは面倒だったので《自分のタイミングでいくからどうぞ》と言ったことがきっかけで《生意気》となったようだった。

それからないことをクラスに吹きこみ、またそれを鵜呑みにしたクラスメイトたちを相手に散々な思いをした。

これは2学期まで続いたのだから、この時間はひとりの時間は勉強をして過ごすことにした。
色々と邪魔もされたし、ひどい言われ方もしたが、果たしてそれが真実かどうかなんてクラスではどうでもよいことだった。それが自分に向けられていなければいいのだから。

お陰様で成績不遇な小学校時代とは歴然と違いが出た。勉強をするとちゃんとそのまま《正当》に成績として残ることが心から嬉しいと思った。担任のケメコは先入観もなく公平に見たままを捉えられる、ちゃんとした大人の教師だった。クラスでの空気はわかっていたので原因が誰であるか聞いてきたこともあったが、その必要性はないとあえて断った。そういう会話ができるワタクシを《間違いのない生徒》として扱ってくれた。
当時、1日をどう過ごしたか質問や相談なども記入できた時間割表日記を毎日ケメコに提出する習慣があった。
原因のRさんを大人のケメコが突きとめるのは観察していれば容易なことであったでろう。Rさんはケメコから呼び出しされて強く注意を受けたらしかった。

そのはらいせとして、ワタクシの時間割日記帳で《チクったはずの相談欄》を確認したかったようで、ワタクシの机の中を隙を見てはあさっていた。そんなくだらないことを書く気になるわけがない。申し訳ないがイヤイヤ提出しているRさんとは違って、きれいに記入して色分けまでし、時にはイラストまで描いてある特別な日記仕様だった。

結果的にRさんには見られたのだが、《チクった形跡》など見つかることもなく、プライベートな過ごし方があまりにも違い過ぎることに驚いたであろう。

部活でのしごきに耐えて帰宅し、好きなアーティストの洋楽を聴き、辞書で調べながら訳し、イラスト画や詩をを描いたり、マイコーチで予習を夜中まで勉強をしていた。

休み時間は話をする人もいなかったので《無害な男子だけしか話ができなかった》ひたすら勉強するしかなかった。

学年イチ、県内1位の神童と言われた男子と幼稚園からピアノ教室で一緒だったくされ縁のイシダが隣の席になった時は、いじめから解放された。

イシダは小学校時代も黒ぶち眼鏡で体格もよく、その風貌から真逆な繊細なピアノを弾き、コンクールで成績を残したヤツで、勉強もよくできた。いい例は、わからない難解な数学の問題を二人に聞くと返ってくる回答の違いがそのままの人格を表していた。神童は考え方を筋道たててわかるように説明してくれるので、共感を抱きやすい。
イシダは、答えを教えてくれるだけ。

クラス単位のいじめが軟化したきっかけは二人のおかげだと思う。

イシダの成績も一度だけ神童を抜いて1位になったことがあった。

ヤツには目的があった。

当時最新のPCは100万円ほどしたとイシダは言っていたが、それが欲しいがためにその時だけ勉強したというんだから親はたまったもんじゃない。

勉強ができるだけじゃなく、おバカ全開のイシダと過ごす夏休みはエキセントリックだった。

PCをいじくっている様もこちらは訳がわからないが、おもしろそうな代物だったし、休憩で下のリビングにあるグランドピアノにはウットリする腕前だった。

『もっと、弾いてよ』 と言ってもきいてくれやしない。

思春期の男子の心理や身体の機能の話しなど何でも教えてくれた。

恥ずかし気もなく、幼馴染という長い付き合いで気楽な関係は心の負担もなく居心地がよかった。

おそらくクラスでのこともわかっていたから、お勉強のデキル2人に挟まれ大人な会話がつくるその場のオーラも変わっていったであろう。
一度だけイシダが《気にするな》と言ったことがあった。

そうだなと思い、相手にすることはなかった。

神童の隣の席のサチミは神童のやり方をいたく尊敬していた。
イシダの適当さを批判していたが、中坊男子に期待するほうがおかしい。
イシダのわかりにくいやさしさを知っていたから、サチミとは違った見解だった。

神童は東大法学部へ、イシダは地元の自由な高専へ進路を決めた。イシダはエレベーターの会社へ入社したというところまでの情報で途絶えている。神童の卒業後は中央省庁だと人伝えで知った程度だ。

個人的にはイシダの方が頭は切れると思っている。

何が二人の違いがあるのかは、当時からよく理解できた。

日本には神童のような人が省庁にたくさんいるのだろう。中1で『人生の基盤をつくるために勉強をする』と言っていただけはある。

イシダの父親は陶芸作家でアトリエに籠って制作していた血筋がきっと今頃、遅咲きしているのだろうと想像する。




ある日の部活の練習の時、三羽がらすのT子から飴をもらった。何も考えず口へほうりこんだ。
T子は、部長のジュンコにも渡した。

しばらくすると顧問Mが怒鳴りながら《飴を口に入れている奴は出ていけ》と体育館へ入ってきた。

黙って、素直に出ていく三羽がらす…振り返るとジュンコは横を向いてその場に残っていた。

それ以来ワタクシたちの友情にヒビが入り、元のように話さなくなった。

職員室に別々に呼び出しされ、飴の一件に対して《土下座して謝ったら復帰させてやらんでもない》と言われ迷いなく『謝るくらいなら喜んで退部します』 と言って帰ろうと背を向けた。

《ちょっと待て》と、ごちゃごちゃ何かを言ってきたようだったが何を言われたかは覚えていないが、部長はおとがめなしで三羽がらすには 《お前らは腐ったみかんだ》 と言い放った。

『腐ったみかんでも、どう思われてもいいですが、平等と公平については納得いきませんのでご指導も結構です』と今度は後ろから何を言われても振り返らなかった。

T子ももちろん謝る気なんて毛頭ないので、そのまま退部となった。

中3の春だった。

T子は部長を散々悪く言っていたけれど、ワタクシはどうしてもそこまで言うことができなかった。あの時のジュンコに《あなたたちとは違うわ》という明らかな態度に、皆と違う部分で繋がっていたと思い込んでいた愚かな自分を憐れんだ。

意に反して意外と長かったバスケ部に幕を下ろした。

卒業アルバムのバスケ部は1年時に20人近く入部していたハズが7名だったか…そのうちのひとりYは部活に参加せず、籍だけおいて内申書に記載が残ることを意図して卒業アルバム撮影だけちゃっかりと最後までいたかのように、輝かしい笑顔で今も写っている。

そのとき悟ったのは、要領のいいやつは人生をどうやり過ごすか知ってるんだ。
…そんな生き方は自分にはできないけれど。

そのYとはワタクシの結婚した26才頃くらいまでの大転機までつきあいが続いた。
進路別に商業高校へ行ったT子とは疎遠になり、女子高へ行ったFちゃんとは疎遠になりつつも時々連絡を取って関係は継続。普通高校へ行ったワタクシとYは別の近隣高校であったが、後にも先にも中学での取っ組み合いのケンカをした唯一の女子という記憶を乗り越えて?深いつきあいとなっていった。

あのときのことを1度だけ真意を聞いておきたかったので、ジュンコのいるクラスへ会いにいったことがあった。
ジュンコの茶色い瞳は、もう友人じゃないという目をしていた。

部長である地位を選んだことを当然であると思ったし、責める気にもなれなかった。
三羽がらすとは違うんだというエリートスタメンであるプライドは《あやまち》からジュンコを支えていた。何も伝えずにその場を去った。
言葉を重ねても何も出てこない気がしたからだ。

そのとき友人であったと思い込んでいた、あったはずの1本の糸がすでに無くなっていたことを確認した。

顧問Mは部長に《友達は選べ》と言われたらしい。


~腐ったみかんは、自分が腐っているとは露ほども知らないものだ~



T子もワタクシもバカかもしれないが、能天気でへんなところで頑張ったりして要領の悪い自分たちを結構気に入っていた。

大人になって時々落ち込むことがあるけれど、T子やFちゃんと過ごした下校のひとときや、イシダや神童との難解な会話は今でもふっと元気をくれる。



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by fairytalem | 2014-05-06 17:04 | つぶやき | Comments(0)

若き日の記憶の旅9~夜をぶっとばせ編~

『夜をぶっとばせBLOW THE NIGHT!』という母校出身の不良少女の本人主役映画が昔地元では話題だった当時、中学生だったワタクシたち後輩の間ではよろしくない過去の歴史として語り継がれた。
群馬の中学校に通う不良少女が主役は、女優ではなく映画出演迄現役の不良やって見るからにホンモノのワルを醸し出したドキュメンタリータッチな作風。他の出演者も中学生役や暴走族役等はホンモノとしか思えない雰囲気。教師役他大人の演者は中高生から今の若者も知っている何人もの役者が演じている。
なぎら健壱や高田純次が真面目にワルに注意する教師役で出演している。


公開された当時中3だったので、今はそんなにひどくないのに…と温度差に少し違和感があったものの、それっぽい1年上の先輩集団から想像できた。

ワタクシの中学校はそれ以前の代では、荒れていたことでも有名だった。

K中学に入学することに当時小学生のワタクシは、危険な大人の世界に放り込まれるような心境だった。


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便所下駄はK中学では《イキがる不良上級生たちのアイテム》 として恐れられていた。

…っていうか、不衛生じゃないのか?と、つっ込みをいれたくなる。

不良上級生たちは細い黒いグラサンをゆるくかけ《よく見えないだろうに》がに股に歩き、ボンタンと言われるズボン《後にドカンと言われ不良制服にも進化形ができる》をはいて、先生に抗議をするであろう時に集団で鉄の棒《どこから拾ってくるのか》を肩にかけ、足元には便所下駄。

このスタイルに集団で裏庭を行脚したことを1度だけ見たことがある。

中1の女子は無関係なので無害であることは、よくわかっていたので冷静に観察した。

マジマジとイキがっている不良たちのアホ面を見た。

その後噂で聞いたのは、気に入らない教師の新車の座席にケチャップを大量にかけた…という、お子ちゃまレベルの襲撃に友だちとふいたものだった。



何故かよく上級生から《目つきが悪い》と言いがかりをつけられ、お呼び出しを受けた。

行かないとひどい目に合うらしい(笑)

そんなの無視して部活キャンセルで帰宅しようと思っていると、お呼び出し係りの知らない先輩がお迎えに来てしまった。

K中学校の女子の総番長〈いやいや時代ですな~実在しています〉の実の妹と2年の時同じクラスになったのだ。総番長=周辺地域一体の4~5校を制覇している番長。
トシエは見た目もモロにズル長スカートにストレートの茶髪、上履きのかかとを踏みつぶし、指定Yシャツでないものでボタンをはずし襟を開襟にして着ていた。1年時は姉番長の影響でいきなりそんなスタイルだったせいで小学校から上がってきた同級生は一斉に引いたそうだ。無論、友達は誰もいなかったので学校へほとんど行かなかったそうだ。

トシエがクラスで浮いていたのが、去年までの自分と重なった。

周囲からは 《こわいからよしなさいよ》 と言われたが、近寄っていった。

勉強はダメダメだったけど、笑うととてもかわいいところを発見した。

ワタクシの行くところどこでもついてくる、小さなワンコみたいな子だった。

心根の優しい子だと周囲に伝え、やがてクラスでも馴染んでいった。

トシエが幸せそうに笑っていると自分もうれしかった。


そのお迎えに来た知らないこわい顔をした先輩に連れていかれるところで…な、な、なんと!

トシエの姉、女総番長が腕を組んで立っているではありませんか。

あまり学校へ来たことがなく、まじかに見たのは初めてだったこともあり、とうとう自分は幻想を見てしまったのだと一瞬思った。

《ちょっと、待て。前ら、この子を誰だかわかってんのか?》 ひぇ~こわ~いっ

《えっ??…頼まれただけで私たち知らないです 》 ビビってるぞ~

《この子に手を出すんじゃねぇと、オレが言ってたと言っとけ。誰の差し金だ?》

《Yさんです》

《は?誰だそれ?たいしたヤツじゃねーな》

逃げ出していった。


《あ、ありがとうございます》 ワタクシはあわてて頭を下げた。

《トシエが世話んなってんだってな。ありがとな。》

《これからも、トシエをよろしくな》

《はい》

シンプルでカッコイイと思った。

わざわざ、こんな小さなトラブルに番長自らお出ましとなって、有難いやら申し訳ないやら、コワいやら(笑)

トシエの姉が立ち去った後、コワい思いをした後のヘナヘナ感でしばらく動けなかった。

トシエが機転をきかせて、姉のクラスまで頼みに行ったそうだ。

《間に合ってよかった。あいつらただじゃおかねぇ。》 と、すごんだ顔はおっかない。

そこは血筋の番長妹。

《また、何かあったら言って》 そういう義理人情厚いのが昔のヤンキーだった気がする。

トシエとは中3でクラス別れして疎遠となったが、新しいクラスでも仲良くしている姿を渡り廊下で見かけ、もう大丈夫だと思った。

黒幕は、どうやらバスケ部の2年のキツネ目の見るからにこわいY先輩だった。

総番がわざわざ出る幕ではないレベルの〈へなちょこ先輩〉だったわけだ。

本当に何のからみのない先輩からお呼び出しって??一体なんだったのか、今でも不思議な出来事だった。
 

こういった類いの因縁つけられる出来事はここでは書けないが、両手で足りない。

のちにその話は校内でも有名になり、やがてそっち系からお誘いがきてしまった。

『すみません、部活やってるんで毎日7時終わりなんです』 と申し訳なさそうにお断り申し上げた。

《総番のマブダチで2年だけど次期の話しも出てるらしいよ》

《え~っ、なんで噂ってそうなるの?》

一応、断っておきますけれど、ワタクシ規定の制服か体操着で学校生活を過ごした真面目少女でしたから。

ねぇ、Fちゃん?



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by fairytalem | 2014-04-24 14:58 | つぶやき | Comments(0)

変化を受け入れる


こんにちは、Fairytaleです^^


春が近づいてきていますね。


この2カ月間は激動の意識の中、周囲の風景も同時に変化し、痛みと新しいことがはじまる気配の入り混じった混沌とした日々でした。


やっと出口らしきものが見えてきた…

そんな感じです。

多くの方がそう感じたのではないでしょうか。



年末からずっとお皿やお茶碗、コップ…と慣れ親しんだ陶器を割りまくり(笑)

『はっぴ~、らっき~』 と、その直後いそいで言います^^

この子たちは物質界での反射のようなもの。

本来はワタクシたちが怪我をしたりトラブルが起こったりして、〈おしらせ〉がくるのですが、この子たちが代わりになって浄化してくれているようです。

だいぶ年季の入ったお茶碗は、落としたわけでもないのにひびがじわじわと入り、触ったら割れた感じ。

割れるとびっくりするのが多いのですが、ワタクシの感じ方が変わったのでしょうか、ありがたいという感情が込み上げてくるのがわかります。



体調が悪くなってから、6時に起床してパパとワタクシのお弁当と朝食をつくります。麦味噌のお味噌汁とベーコンエッグには醤油派!(ワタクシはソースで育った)の我が家の実権はワタクシが握っているように見えますが、ちょっとした家族共通のお皿につけるものには向こうの主張になります。年に数回ひとりの食事の時は、『あ、そうだソースにしよう♪』 と思い出すとうれしくなります(笑)
食べきる量を無駄なくつくり、捨てることのないようにできるだけ意識しています。洗い物とゴミ出しを済ませてから事務所へムスメと車で向かいます。7時前後でないとラッシュに巻き込まれプラス10分遅れるため6時55分くらいがベスト。

事務所につくと、アトリエと事務所のゴミ出しと簡易掃除。いちばん汚いとこがムスメの使っているテーブルスペース部分と学習机周り。片付けを教えてこなかったためか、教えても聞いていない子なのでキレイの概念がゆがんでいるとしか思えない状態が多い。

7時35分になるとムスメは登校班へいちばん乗りで出ていきます。アトリエ窓から見下ろすと、必ず振り返って手を振ってくれたのは何年生までだったのでしょうか…

8時くらいまでメールチェックと返信と発注書・納品領収書をプリントしながら、コーヒーを濃くおとしてカップへ1/3注ぎ、熱湯で薄めミルクを入れるのが定番。

お香も時々、空気の入れ替えができないこの季節では必須。

白檀の香りの中、コーヒーの香りと入り混じる時はいちばん人生の時間でゆったりした至福のとき。
そのまま軽くほんとうに軽い瞑想に入り、メッセージやイメージが入りやすい状態になるまで1分でしょうか。
大事な仕事の時、難易度の高い作業の時はお祈りを少しだけしてから、はじめます。

お酒もタバコもダメな体質で、カフェインも少しで充分満足できるのは若い頃から変わりません。

コーヒーも一生飲まなくても多分大丈夫。それをたのしむだけ、雰囲気や香りをただたのしむためなので、1日1杯で充分。
甘いお菓子やケーキも一生食べなくても多分大丈夫。←信じられな~いと言われそうですね(笑)

食べたいと思う時はすごく疲れている時で、食べてもそんなにおいしく感じるわけではないんですね。よ~く身体に意識を向けると、〈そんな気がしている〉 だけなんです。

特別にコレが食べたいという欲求がものすごく減ってきましたね。
でも…太っているのはなぜ?…と横からつっこまれそう。

9時から10時くらいにブログ記事を書く時間が多く、UPしてからその日のカルトンカットの下準備を午前中にします。カットは午後の3時くらいまで、他の作業と交互に手を休ませるため効率悪くても、カットは2時間で休憩します。

愛用の抗炎症剤ロキソニンちゃんを腕にぬりぬりしておかないと翌日やっぱり腕が腫れます。痛みが上がってきているので、しじゅう肩イヤ…ごじゅう肩にこのまま突入する気配がします。


カットをしないなか日は、試作品づくりです。つくる時間は下準備が9割、実際の作成は1割といっていいほど下準備の時間はものすごく手間をかけています。

ラフデザイン→構造設計→サイズ出し→積算→調整→トレース用下絵→トレース→試作→型紙調整→再試作→レシピ作成という流れでも試作は再試作がほとんど今はやらないため、益々時間をかけていません。

こんなことをやっていると、夕方4時すぎになるとムスメが階段を大きな音をたてて上がってきます。1時間くらい仕事になりません。夕刻18時くらいまでカットをしている中、ムスメのピアノの練習音と重なります。宿題、目のトレーニング、ドリルを済ませると18時を過ぎます。


お弁当箱、洗濯物を回収した袋を持って、生協へムスメと帰宅しながら寄り、すぐにお風呂に入ってもらい、19時半頃夕食~片付け20時半~

夜の9時には就寝してもらい、お風呂を済ませてそこからPC作業です。

だいたいレシピのベースや原稿書きです。

0時をまわると、目がしょぼしょぼしてきて 〈もう疲れたよ~〉 と身体から言われるまでがんばります。

ここでTVなんかつけてはいけません021.gif

作業の邪魔だし、つけていても雑音にしかなりません。

もう何年もTVが面白くないですから、本気で見ることがありません。

情報は一部のブロガーさんや一部のラジオ、書籍、一部の知人のみ。

それでやれてます。

正しい情報はないに等しいので、真実はこうだな…と有る程度わかってしまうと、身に危険でない限りはどうでもいいことです。

ここ数年の激しい忙しさは自らそうしているためで、少しずつシフトしていこうと思っています。

すでに、変化があるのに抵抗している時期はもうとっくに過ぎました。

皆さんも、新しいことを始めたり、新しい仕事を見つけたり、今の状況の中で古くなったこと循環しなくなったことから離れて、動き出してみませんか?







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by fairytalem | 2014-03-28 09:50 | つぶやき | Comments(0)

アラフィフのあがき

こんばんは、Fairytaleです^^

この時期は何かと忙しく、確定申告や年度末、来期のスケジュール、新講座の作品のレシピとキット準備、毎月の単発の準備とキットショップの整備と受注をこなしながら、4月を無事に迎えたいと切に願います。


そんな中、我が家に義理の母が引っ越してきます!

母の部屋を確保するため、ワタクシの勉強部屋をあけなくてはならず…

あ、ウチは嫁姑の関係を超えて親子になってしまっているので、これからの家事が半分以上期待できる母には、ありがたいことなのですw

誰ってワタクシが一番うれしいらしいですね012.gif

母が来たら、一緒にご飯食べて、片付けして、カルトナージュのアイデアを聞いてもらって、一緒に試作してもらって…そういう妄想だけですでに幸せです。
でも母はどう思っているのかわかりません。
うるさい嫁の話を聞いてやって、ご飯もつくってやって、掃除洗濯までやらされて…と思っていたら、母は幸せじゃないですよね。
母にはたのしい生活を共にしたいと思っているのですが、母がどう受け取るのかはわかりません。
ですが、母にはラクさせてあげられないかもしれませんが、一緒に笑って生活する自信はあります。
母には変な苦労はさせたくないと強く思っています。
幼いころから母が苦労をたくさんしてきたことを聞いてきたので、ワタクシができることは苦労をさせないことだと思っています。
完全にムスメの心境なのです。
世の中の大半がそうじゃないというのですから、ワタクシは人より幸せだといつも感謝しています。



まだ生地やカルトンなどの材料や雑貨、壁面には数百冊の本がびっしり入っている書棚をこれから某有名ショップで10円で引き取って頂くことにして、タイトルを見ないように箱につめなくてはなりません。

2度読みする本の確率は1%もないのではないでしょうか。

なのに、売ることも捨てることもできず増え続ける本。

読みにくい本は途中のままになっていたり、まったく読んだ形跡もないものも。


断捨離…しています。


捨てるのは気持ちいい部分と惜しむ部分のせめぎ合いだったのですが、もうこれだけあると時間の無駄でもあるし、捨て出すと慣れてくるのが人間でして、これもやってみると案外大丈夫らしいです026.gif

パパにDVDも100本近く売ってきてもらい、10円がほとんどで、良くて100円でした(笑)

すごいのはアンパンマンですね。

1000円でお引き取りいただきましたから。

10円と1000円の落差は、需要の違いということですね。

物の価値はいかに人から必要とされるかにかかっているんだな、とこんなところにもワタクシたちの世界が展開されています。



カルトナージュは必要とされているのだろうか…?!

最近、やたらその問いかけにぶつかります。

いろんな人に好かれて、いいな、たのしいなと思ってもらえるカルトナージュづくりができているのだろうか?

ちょっと考えてしまいます。


昨日、お隣さんに比較的やさしめにイラレをレクチャーしてもらいながら、1作品の型紙と裏打ちプリントをつくりました。

1時間かからずにまぁ、なんとかできました。

これを自力でやるのはしばらく難儀ではあります。

でも、できないことはないのだ…と言い聞かせ、さらに自分のワールドを展開していけるきっかけになるかもしれません。

できないかもしれません。

自力ですべてやってみること…

すべてを限られた時間でこなすのです。

お隣さんの力を借りずにどこまで表現していけるのか…

今はまだなんとも言えませんが、効率を上げる更なる努力は必須です。

がんばれ、アタシ。






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by fairytalem | 2014-03-01 17:36 | つぶやき | Comments(0)

カルトナージュやタッセルなど手仕事をご紹介


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