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カテゴリ:つぶやき( 98 )

素養とは


こんにちは、Fairytaleです^^


WilliamMorrisでつくるアクセ収納ケースは、ほとんど(講師以外)終了しました♬


完成まで見られませんでしたが、宿題で完成させられるところまでは頑張って初級者さんも取り組みました。


また画像を撮り忘れてしまいました…

ワタクシも真剣にお手伝いしていたので、気が付いたら皆さんお帰りになっていました。
(ご挨拶はしましたので(笑))


完成画像、ご参加した皆様からお待ちしております!!



  ↓ 先日の入門コース ラウンドボックス(STOF社の麻生地)
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さすが、モリス。

どれも素晴らしく素敵に仕上がってましたね~

いい素材でつくると、心も身体も満たされるのを実感します。

レッスンでも作り心地の良さを口々に感動されていました。

ちょっと贅沢ではあってもそこに意味があり、価値を感じられる「素養」がポイントです。


素養の説明として、類義語をあげると…

素質として、持って生まれた性質、能力資質のこと。
教養として、社会人として必要な文化的知識のこと。
才能とは、物事を成し遂げる優れた能力のこと。
素養とは、普段から心がけて身につけた知識・教養のこと。

ということは、後天的な意味をさします。

普段の生活から身につけた感覚や知識ってことになりますね。

教養があるというのは、知識をつけることで頭の中では理解している状態であるとも言えるわけです。

頭でわかっていることよりも、心のうえでの理解で体現している状態である「素養がある」ということは、より深い境地であるわけです。


持って生まれた才能、素質とは関係なしに、日々の精進で身につけられるのです。


よく生徒さんたちが、ご自身の才能がないセンスがないとお嘆きになるのですが、ワタクシから言わせていただきますとそこはあまり問題ではないと感じています。

寧ろ、後天的な努力や日常に注意をはらって選択する意識を持つことで、磨きがかかるものです。

天才であっても、そのままにしていればいずれ後天的な精進を重ねた人には及ばなくなると思うのです。


日頃のセンス磨きは、心がけでどうにでもなるものです。


美しいものを求める心、想いが現実を引き寄せて、素敵な作品をつくる機会に巡り合えることに繋がってゆくわけです。


ワタクシも扉を開けて、どなたでもそんな機会に触れていただけるように、お待ちしております☆彡



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by fairytalem | 2016-03-28 15:25 | つぶやき

春分に向けて

こんにちは、Fairytaleです^^

卒業シーズン真っ只中ですね。

お子さんの受験、入学準備、卒業式と慌ただしくこの春を迎えていらっしゃる方も多いですね。

そして春分を前に体調不良や風邪、インフルとダウンに見舞われたのはワタクシだけではありません。

この春分を過ぎるまでは思考も現実もきつかったです。

新しいシーズン、新しい12星座の始まり、しんどくて、眠くて当然なのです。

意識が浮遊するような現象もあり、インフルで寝込んだ後も続き、いまだに体感が戻りません。

そうは言っても、日常は容赦なく訪れ生活が流れています。

ワタクシはこの春分での決意、想いを口にできたことで、気持ちも軽く、穏やかになりつつあります。

これからの半年間は調整の期間、創意工夫の時間です。

そして古くなった思考パターンや古い行動パターン、ただ単にいつもの意味のないルーティン…
そんな意識のないパターンはどんどん発見して手放しましょう。

それだけで、自分の時間が生まれます。

忙しいお母さんたちは、本当に忙しいの?

忙しいと思い込んでいる、忙しくなるように追い込んでいる、家族が分担すれば済むことを一手に引き受けている、、、お母さんたくさん見かけます。


そんなに自分の現実から逃避したいのかな~

逃避もしたくなる気持ちもわからなくはないです。

でも、一度の人生お母さんのあなたは、あたなが自由を一番許していないんです。

ご主人のせい?お子さんのせい?

自分で勝手に課しているだけですよ。

女性のあなたが一番女性を疎んじて、軽んじて、軽蔑視しているのかもしれません。


自分を一番理解して大切にしていないと…子どもたちもそうなります。

自分の担当は自分だけです。

お母さん、自分を大切にしてくださいねemoticon-0152-heart.gif



今日は、そんなメッセージがふっと湧いてきました♡




↓初級コースリニューアル作品キャンディーポット♪

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「自由設計基礎コース」の無料体験講座のご案内です♪

2時間枠のみですので、テキストは初回の一部を少しご紹介し、図面化した虎の巻もご参加いただいた方にお見せいたします。
是非、ご興味のある方、設計する図面の描き方を体験してみませんか?
素人さんでも理解できるテキストと指導で、必ず作図することができるように導きます。
図面が描けるようになった前と後とでは、まったく制作する楽しさが皆さんガラリと変わったそうです。また、曖昧だった描き方に確信をもって作図できるようになった講師の方もたくさんいらっしゃいます。


◆無料体験講座「自由設計基礎コース」中目黒教室募集◆
●4月16日(土)13時~15時(中目黒駅徒歩2分)
《無料体験講座持ち物》
シャーペン、15~30cm定規、消しゴム、色ペン(赤・青・緑など数色あるといいです)
※用紙はこちらで用意いたします。


【東銀座教室◆自由設計基礎コースコース2期生募集中】
4月から定期 第四土曜午前◆9:00~12:00
◆受講料全6回×3時間 108000円※分割対応可
◆設計、カリキュラムに伴う資料とテキスト(約30P~) 12000円
◆方眼50枚綴り・ステン定規・製図用シャーペン・カラーペン3色・カッター・アートナイフ等
4000~6000円程度(お手持ちにないもの)


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by fairytalem | 2016-03-22 14:45 | つぶやき | Comments(0)

実現する力

こんにちは、Fairytaleです^^♪


ワタクシのやっていることお仕事は、想像した無形のものをこの現実の世界に落とし込む作業です。

イメージできたことは実現できるということを、カルトナージュのデザイン設計で体験しています。

しかし、他の生活で必要なことに関しては、からっきしダメ(笑)


セルフイメージが低いからか?

幼少期のネガティブ体験が原因なのか?

色々思いつくことはありますが、そんなこと言ったら皆さんも似たようなものですよね?

想いを実現化することは、実体験を重ねて経験していくことで超えられるものかもしれませんし、ある時を境に思い通りに実現していくのかもしれませんし、そうではないのかもしれません。


ワタクシはこのイメージしたカルトナージュを現実に物質化していることを踏まえて、他の希望や要望も可能になるんではないのか?という思いが湧いてきます。

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すみません、カルトナージュの話しぢゃありませんemoticon-0125-mmm.gif


基本、ワタクシはわがままなので思い通りにする傾向が強く、家族はとても迷惑をしているそうです。

家族が寛容なら問題ありません、寧ろいいことです(笑)


ほとんどの人は、思い通りにいかないことに憤り、時には嫉妬し、嘆くのではないでしょうか。

中には、気がついたら実現していた…なんて方もいらっしゃるでしょう。うらやましいですね。

すんなり物事がいくこともいかないことも、意味があるのです。

よくよく振り返ってみるとうまくいかなくて良かった、ということもあるはずです。

そのときはこうしたい!という気持ちでいっぱいになっているので、見境がありませんし、冷静に観察もできません。

過ぎ去って、情熱も覚め、感情も落ち着くとよく当時のことがわかるものです。


この冷静さ、感情の起伏コントロールができるようになれば、実現化に近づくように感じます。

また、感情の起伏が少ない人は実現化を引き寄せるパワーも少ないと感じますね。

それは、一種の諦めからのエネルギーからは何かが実現する爆発するパワーなんてないからです。
 

ご自身がちょっと怒りっぽいとか、感情が激しいところがあるとか、負けず嫌いとか、そんなネガティブパワーを変換したら、同じパワーを有効に活用して消費できます。

破壊的なパワーを創造のパワーへと変換するのです。


おとなしい人に激しくなんてなれないのは性質ですから、確固たるじわじわとした進み方が合うのでしょうから職人的なお仕事がとても合っていると思いますね。

どうしても人には向き不向きというのはありますので、ご自身の悪いところは良い方向へ向ける、向いていること(好きなこと、落ち着くこと)にフォーカスすると、やりたいことに出逢います。

出逢う時期というのもあって、ある程度そのきたるべき時期にならないと出逢えないものでもあるようです。

精進が足りないからというよりも、タイミングという意味合いが強いです。

そして、一番重要なのは希望を強く抱き続けるということです。


この先、どうなりたいかどうしたいか、というビジョンがあれば最高です。

なかなかそのビジョンは揺れるもので、移ろいやすいものだったりします。

その揺れ動く儚い自分の分身を追いかけていく日々です。


小学6年生のムスメと同じように、その儚く揺れ動く自分の姿にいつか追いつきたいものです。



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by fairytalem | 2016-03-07 12:44 | つぶやき | Comments(0)

ムスメ、オカルトチック♡

こんにちは、Fairytaleです!

今回はスピリチュアルな旅へ案内します。

関心のない方はこのままスルーしていただき、スクロールするとカルトナージュ入門コース募集案内がありますので、一読いただけたらと思います♡


ここ数週間、学校から帰宅したムスメは、ランドセルを背負ったまま事務所の床で寝てしまったり、
疲れたと言って老人のようにぐったりしていることが続きました。

宿題もせず、ピアノの練習も30分やればいいところ…

お便りも出さず…

ワタクシは放っておきました。

だらしないムスメであることも事実ですが、原因は他にもありのは気が付いていました。

気にしてもどうにもならないことには、無視を徹する姿勢でした。

段々とムスメもストレスを吐き出すようになり、話をじっくり聞くことはせず、、

いさかいを聞いて正してやることがいいとも思ってはいなかったからです。

自分で感じて、自分で咀嚼することも大事だからです。

しかし、こうも長く続くとこちらもイライラがうつり、話を聞くと、、、

こちらまで頭痛がしてくる始末。


仲良くしていたお友達と交流がうまくいかなくなり、天真爛漫なムスメは距離を置くようになったことで、依存する相手の子の呪縛から逃れられなくなってきたのです。

無視をしたと言いがかりをつけ、担任へお手紙を書いたことから、ムスメはクラスでこの問題をシェアすることになってしまったというのです。

ふたりを呼び出して話を解決するという古典的な配慮はないのです。

それも驚きましたが、ムスメはあることないことを言われたこと、話をうまく伝えられないもどかしさ、相手の子が嘘を言っていることを証明できない状況に、くやしくて泣いてしまい挙句に担任から泣くのはよくないと制されたという、、なんともはがゆい話を聞かされました。

ワタクシが出ていく事もないと判断し、もう卒業して中学へあがればメンバーも環境もすべて変わります。それは経験ないほどの激変になるはずですから、時を待てば自然と離れていくだろうということは想像できました。

このところ、ムスメは首が痛い、喉が痛い、吐き気がする、頭痛がすると体調不良をうったえていました。

様子を見ていると、1時間寝るとよくなるという、、病院へ連れていく間もなく、この状態を繰り返していました。

よくよく思い返してみると、ここ数週間というより…1年くらいずっとこんな感じが続くとそれが定番となり定着してムスメの人格としてこちらも認識し始めていました。


お友達関係は人間関係の最初の入り口で、誰しも体験していくことなのですが、ずっと仲良しでいることはこの時期は成長期であることもあり、あんなに仲良しだったAちゃんと仲たがいしたわけでもないけど疎遠になった…クラスが変わったらしゃべらなくなった…どんなに永遠の仲のようにその時思えても、1年後にはそれは幻想だった…ということは当然なのです。

ムスメもワタクシもそう思って執着はないのです。

けれど、相手はそうは思っていない…

よくあることかもしれませんが、、、その執着が1年も続くなんてまさか私も思いもよりませんでした。

ムスメとその仲間の友達の間で交流をしようとしても、その子はうまくいきません。
仲間外れにしたというのとは違い、そもそもそんなに話もしないというのです。
どんな場面でも途中から、その輪の中へ割って入るので違和感を周囲はいだいているということでした。

あるときは、その子の母親から「あなただけうちの子が嫌いなんでしょ」「他の友達まで巻き込んで!」と怒鳴られたことがあったそうです。

実際はムスメは正々堂々と反論したそうで、心配することもありませんでした。

誰とでも仲良くすることができますが、いやだと思う子とも無視をしたりすることもできる性格ではないのはわかっているので、口を挟む必要性を感じませんでした。

ときたま、母としてムカッとくる話をこの1年で何度も聞かされ呆れていましたが、こちらから苦情を言っても事態がよくなることはないと思ってました。


しかし、帰宅後毎日のようにその子とのやりとりを聞かされ、対処法もまったく効き目のない堂々巡りにはこちらも参りました。

ドアの影からじっとこちらを見ている…とか、好きな男の子の名前をおしえてとひつこく言ってくる…とか、キッズ携帯へ何度も着信あった…とか、メールも何通も送ってくる…など、ストーカーチックな目にあっていました。


誰とでも仲良くすることはいいこと…

きらいな人、苦手な人とも仲良くすること…

ムスメはこの点が納得いかなかったそうです。

そりゃそうだわ~学校って理想ばっかいってるところだけど、その理想言ってる先生方はどの生徒にも同じように接しましたかね~?一生に1人くらいの割合で出会う先生の確率でしょうか(笑)



嫌いな人とは距離をおきなさい。

ワタクシはそう教えています。

但し、あからさまに嫌だという態度もむやみにとらないことは、学校生活での最低限の配慮。

しかし自分の心を一番優先しましょう。

ここの最後が一番大事なことです。


以前は仲良くしていたけれど、今は気が合わないので話もそんなにしなくなる…

これは至ってごく当然な変化であり、人とのコミュニケーションにおいて時間軸を無視すると大変なことになります。

ムスメはその子からのこうして欲しい、あーして欲しいというニーズに耐えかねて爆発したそうです。(よくぞ我慢したな、、と思ってます)

その度に、担任からムスメが叱られ、「謝りなさい」という経路を辿ることに、諦めをもらしていました。

ここで、ワタクシもグッとこらえ担任へ異議を伝えることもしませんでした。それは何もアクションを起こさないというアクションです。

知らない、把握していないのではないので、これもアクションです。


週末、信頼のおけるお友達はヒーラーのお仕事をしていて、夜にメッセしていると彼女Mちゃんが「あれ?ムスメちゃん首までコード絡まってるわ」と、おしえてくれました。


やっぱり…

ここが原因ね。

ここからはMちゃんが遠隔で浄化の段取りをしてくれて、私も誘導してムスメにも自らコードをほどくように導いた。

途中、ムスメが痛い!と声をあげたけれど、大丈夫落ち着いて、もう一度やろうと何回かトライし、終わったのが0時過ぎ。

Mちゃんも咳が出て、甲状腺も腫れてきたみたいでした。
一気に引き受けて浄化してくれたので、、申し訳ない気持ちになりました。
(Mちゃんありがとう❤)


この週末を経て、首の痛みもなくなり腫れもいくらかよくなってきたそう。

Mちゃんのお陰で状態は改善しましたが、ここは念のため、、長年20数年お世話になっている糸島在住のヒーラーたんたんさんとスカイプセッションでとどめとしました。

ちょこっと話しをして、つながった画面を通してムスメは誘導セッションを初体験しました。
ワタクシは端っこで様子を見ていました。
とても興味深く、さらに状態は良くなり、浄化された様子で軽くなったと元気も戻ってきました。

やっぱり、ムスメはちょっとおバカでもいいのです、元気でなくちゃ~!


本日、ムスメ不在時にムスメのキッズ携帯が鳴り…

うっかり出てしまったワタクシ。。。

その子からの電話でした( ;∀;)

ムスメはそれから電源が切れたと言っておけばいいと、何度もなっていましたが出ませんでした。

そこはきっぱり。

もう、コードもつながらない。


この1年、大変でした。
すべてをここに書けませんが、人の念は死んでいる霊以上に厄介です。
病気や事故を引き起こしている原因には、こうした現実の目に見える世界しか信じていない人にはわからないことかもしれませんが、影響をうけているのは否めません。
ムスメは運よく、、というよりもワタクシやご先祖様などから守護されていたことで事故も病気にもならずに済みました。
そのことはムスメにもよく言ってきかせました。

色んな人からお世話になり、守られていることへ感謝をしましょう。



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入門コースが東銀座教室(東銀座駅から徒歩2~3分)でスタートしました。
来月からはじめたい方は、ブック型3段ボックス(中サイズをレッスンで作成)から取り組めます。
通常のレッスン料よりお手頃に設定しました。専門お道具は教室内で賞与となり、消耗品の糊や刷毛などの必要なセット(2200円)だけで3回のレッスンに参加できます。

材料はフランス製や海外製の良質なものをチョイスした、完全裁断済のフルキットでのレッスンです♪
カルトナージュはじめてさんも安心してたのしめる内容となりました!


入門コース課題作品
1.フォトフレーム(16×19.5㎝ L版サイズ)
2.ブック型3段箱(19×14×高さ6㎝)
3.ラウンドボックス(直径18.6㎝×高さ8.5㎝)


●入門コース全3回×各3時間枠レッスン料9720円[税込み]
●入門消耗品道具セット(ヘラ・刷毛・ミニカッターマット・フランス製糊250ml・木製クリップ)2200円[税込み]
●材料フルキット(生地とカルトン、ケント紙すべて裁断されたキットです)
・フォトスタンドフルセット4000円[税込み]※Tilda
・ブック型中サイズ箱フルセット5000円[税込み]※イギリス製CLARK&CLARK
・ラウンドボックスフルセット4500円[税込み]※テヴノン(トワルドジュイ柄)

※角金具・キルト芯・グログランリボン等装飾品もすべて含みます。
※生地は在庫が無くなり次第違う生地でのご用意となります。生地メーカーさんは同等クラスに変更となります。
※生地セットはレッスン当日に用意された中からお選びいただきます。生地の持ち込みは時間制限のため不可となります。
※カッターやステンレス定規、製図用シャーペンなどカルトナージュ専門お道具は入門コースでは賞与いたします。初級コースに上がる際に必要お道具を購入いただきます。


はじめてさんも、安心して下準備されたキットを使用してたのしくカルトナージュしましょう!





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by fairytalem | 2016-02-02 18:47 | つぶやき | Comments(0)

2016年のスタート

新年、あけましておめでとうございます('ω')ノ


Fairytaleです。


年末年始のクリスマス限定キットと福袋の販売は、本日23時59分までです!

旧作キット(一部の除く)が40%offも本日中までですので、カルトナージュ愛好家の皆さま、キットショップへとんでくださいね!


カルトナージュキットショップFairytale


メンバー登録をされますと更に全商品が10%offに!

こちらは常時設定させていただいております(^^♪



本日3日、年末年始を通り過ぎ、カットと梱包と発送は6日あたりまでに完了しそうです。

想定よりも注文者数は少なかったのですが、注文される方皆さん大量購入いただく傾向が強く、お陰様で目標近くまでになりました。


心から御礼申し上げます☆彡

ありがとうございました!

まだ、発送まで行き届かないお客様もたくさんいらっしゃいますが、順番に梱包して発送となりますので24日初日注文でもまだ発送できない方もいます<(_ _)>

どうぞ今しばらくお待ちくださいますよう、よろしくお願いします。




年末年始くらいゆっくりしたいか…

と自分に問い合わせると、そうでもなくそこそこ忙しい雰囲気が好きなんですね。

結果、大掃除はまったくできませんし(そもそもやる気なんてなし)おせちもつくることもありません。

日々のお夕食かんたんメニューをつくることがせいぜいです。

それでも、家族からのクレームもなく、(諦めているんでしょう)

なんとかやっています( ;∀;)



昨日午後は宇都宮まで義理の両親のところへ高速で行ってきました。

もう高校を卒業し、受験を控えている姪っ子も来ていました。


子どもたちや父とパパでお買い物に出ている間に、母と二人きりで話す機会がありました。

色々あったけれど、ワタクシも母も穏やかに近況を語り合い、『許しの時間』がもてたことはきっと通常の嫁姑問題を考えたら想像できないことかもしれませんね。

ワタクシ(嫁)があまりにも忙しくしていることへの無理解と、家庭に治まる嫁でないこと、任せているつもりが、押し付けられていると捉えられていたことなどの行き違いは、母自身の言葉で置き換えるとわがままだったと言っていました。

ワタクシはそんな素直な部分の母を知っていたので、とにかく今、母が選択したことで幸せであるか確認ができてホッとしました。

『まるで新婚さんみたいな部屋だね』と言うと、

恥ずかしそうな反応でしたが、人生をやり直している母はふっくらと太り、ギスギスしていた部分もすっかりなくなっていて安心しました。


人はいつでもやり直せて、立ち返ることもできるのです。


ワタクシの穏やかな気持ちは、セキセイインコのハッピーがそうさせてくれました。

昨日までずっとワタクシの右肩に乗って、心を安定させてくれていました。


大晦日の夜8時過ぎに帰宅した私たち家族は、落鳥したハッピーを見つけました。

まだ、少しだけ温かかったハッピーを冷たい私たちの手に乗せるのも可哀そうなくらいその日が寒かったのです。


ストーブの遠赤で温めるまでの時間が長く感じてなりませんでした。


名前をずっと呼ぶムスメに、反応したハッピーは一度だけ目を開けてゆっくり目を閉じ、しばらくすると薄ら目を開けて逝ってしまいました。

大粒の涙を流していたムスメをそのまま泣かせてやった。

もっと早く帰れたのに、私の指示ミスでプリント時間が長引いてしまい、5時に帰宅することもできた。

いろんな日々の判断の積み重ねが、現実を作っていることに痛感させられた。

何気ない判断が、後悔を生むのだ。



小1のムスメからサンタさんリクエストで、つくったぬいぐるみ専用のベット。

それにハッピーを寝かせ、布団をかけてあげて一晩過ごした。

いつもケージにいる小刻みに動くハッピーがじっとしてベットで動かない、おかしな光景をぼんやり眺めていた。


待っててくれたんだね、ハッピー。



何の疑いもなくハッピーはただ待っていたんだと思う。


ハッピーの見つめる先にはいつだって家族しかいなかったんだ。


動物たちの純真さにいつもワタクシたち人間は癒され、心痛み、また助けられる。


ハッピーのお陰で母とも話ができたと思っている。


今は、ハッピーは右肩にはもういない。





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by fairytalem | 2016-01-03 15:16 | つぶやき | Comments(0)

若き日の記憶の旅12

~特注家具設計管理編~


人生で忙しい時期が何度かある。

ワタクシの場合は、20代後半のコーディネーター兼苦学生の頃と特注家具設計管理のお仕事をしていた頃と、現在であろう。

当時のワタクシのお題は設計士になること。

1級建築士にはなれなかったが、二級建築士の家具の管理設計士にはなれた(笑)
とても安月給ではあったが、とりあえずなれた。

都内のお仕事がメインだった特注什器やオフィス家具など特殊な設計をする群馬県内の設計管理会社に勤務した。

このお仕事は今までのお仕事よりも、さらに過酷だった。

家庭持ちの男性が逃げ出すくらいの重労働と要求レベルの高さというか、今思えばめちゃくちゃな会社だった。

何でも仕事はやらされた。

できないなんて言えないし、負けず嫌いだったから言わなかった。

それに、やらせてもらえるんだから…


一流の企業の家具の修繕から、都内私立中学の家具製作、東電の電力館のカウンターなど、プレゼンのパース画も描かされたり、TOYO○Aショールームの飾り棚や、ファミレスフランチャイズの指定カウンター制作、岡○○郎美術館の貯蔵空調システム収納、IB○の副社長室書棚修繕、なんでも。

どれもワタクシには、たのしいとしか言いようのない仕事だった。

ただ…なんでもやるというところが、凄まじかった。

2トン車を運転なんて当然。

首都高をトラックで運転。ナビなんてない時代、マップ確認は前日に頭の中に叩き込む。
できなかったら、付箋紙貼ってナンバリングしておかないと…アカン、現場行けない。

新設病院の建設で、静岡まで什器を梱包し、トラックに積む作業は女性の私にはかなりきつい作業で、当時は10キロ痩せた。
酷い肉体労働になってしまうときは、1日で5キロ体重が落ちたときは倒れ込むような疲労が襲った。

梱包し荷台に積む作業は男性社員も手伝ってはくれるが、基本担当者責任。

家具の塗装がはげたりしたら、、速攻家具を積んで修正依頼かけ納期を厳重注意約束させ、またスケジュールに合わせ引き取りに行き現場納めには、鳶職人さんなど必要な技術者も同行させた。

交渉を職人とするのは、本当に骨が折れた。

職人さんだから頑固もがんこ。譲らないし、こちらの小娘の要求なんて聞いてくれない。
1級彫師ともなると、もう先に謝るしかない(笑) 今思えば笑える話だが、当時は神様でも拝めるかのようにご機嫌も伺い、必要とあらば作業場の掃除までやっておく。


溶接を依頼する鉄工所にも頑固な職人がまだいた。

そこには義理人情なる群馬気質の特性と、職人気質の相乗効果のようなものがあり、そのへんを理解できないと仕事がうまく進まない。

最初の頃は、ほんとうに相手にされず意地悪されたものだ。

納期なんて無視、引き取りに行っても空振り、、、

交渉のコツや進捗確認も欠かさず、きちんと足を運んで進み具合を見て、労をねぎらった。
特注家具ともなるとビス1本だって、特注レベル。
そう、1からすべて制作するという経験を積めたわけです。
パキスタン人や東南アジアの外国人労働者を雇っている金具やビスなど鋼材の製造をしてくれる下請け町工場へ、設計図を持って社長と交渉し、完成部品のチェックは自ら。
相手先に任せていたら、いつまでも作り直しのローテーションにはまるだけ。
造りの甘さを指摘すると、パキスタン人に逆切れされたり…女性であるゆえの怖い思いもたくさんしました。
そんな脅しや嫌がらせなんてひるみもせず(実際はちびりそうだった)強い、頭脳派を装ってきっぱりと命令調に指示する強さを持ち得ないことには、完成品を最終顧客に引き渡すことが完了しないのです。




200キロ以上ある什器を運ぶ途中、手が滑り、木製だったことで反射的に自らの足を差し出し、足の甲から打撲出血、捻挫してでも什器を守りました。

落としでもしたら木製の美しい角が折れ、再び群馬へ高速でトラックに乗せて修理に持ち帰ることになるのを避けたかったからで、自虐趣味があるからではない。

病院の特注取り付け家具を各階に配置するだけでも、大仕事。

派遣会社から学生バイト君を雇い、図面を各階に貼り、運ぶスケジュールを分刻みで実行させるのも大変でした。
相手は素人、遊んでいるバイト君はリーダーに伝え、次はメンツにいれないように指示。
冷酷と思われるかもしれませんが、現場って時間で管理されているのでそんな甘えたことは通用しないのです。予定より早く収め、また依頼していただけるように清掃もしっかり指示して、時には自ら率先して完了させる実行力判断力はかなり鍛えさせられました。


ある時は、完成品チェックをしていたら、作り付け収納棚の裏面の色が落ちていることに職人さんの息子さん(バリバリの現役ヤンキー)が発見。
裏面だし、わからないかと言い出したので、イヤイヤだめでしょ、と。

ホームセンター行ってくるわ、と知らない土地だったのでいろんな人に聞いてたどりつき、何色かペンキと刷毛を購入。

もう夕刻になりそうだったので、急いで調合。乾燥後色の変色をヤンキーとあーでもないこーでもないと検討して、塗り終わり帰社。

いまだにクレームはありません(笑)

その後、ヤンキーから現場行ったら、完璧ないい仕事だったと言っていましたが、、この件に関しては本当かわかりません。


年下の先輩独身女子には、かなりイジメられましたね。

仕事はよくできたRさんは、まだ20代で若く筋肉質のぽっちゃり型で、体力もあるし、図面を引くのも早く、頭の回転も早く、何よりも人に仕事を流す天才でした。ずる賢いというのも、才能なのかもしれない…そう思えるくらい。

ある時は、トラックで大物家具納品の助っ人で同行させられたとき、基本担当者責任のはずが、行きも帰りも運転させられた挙句、ずっと運転が下手だという文句をいろんなバージョンで攻め立てられ続け、気が狂う寸前まで人を追い込むのが趣味であると後にわかるのですが、一度も反抗せずに笑って受け流すという技術をここで身につけました。
しまいには「○○○さんて、頭悪い?」とも言われたほど、一切落ち込む様子や、傷ついた表情も出さず、怒りもせず受け流し、ときには謝り、気が済むまでやりたい放題、許しました。

最後はどうなったか?

ワタクシはバカじゃないということは、わかったらしいですよ(笑)


あるとき、都内支店上司からの依頼で、電力館のパース画が描けるか?ということで、Rさんはうまく描けず悪戦苦闘していたので、「よかったら私が描きましょうか?」と助け船を出した。

サラサラと美しい線を久しぶりに描けて、気分よく完成させ、インキングし、色も少しのせて上司へ送った。

上司も絵も描けるし、かなりの設計技術者だったので、そのパース画の依頼を境にワタクシに対する態度も激変した。

「お前、どこで勉強した?なにができるんだ?」
「え?なんでもやらせていただきます」

人を認めることはないと言い切っていた偏屈設計技師でもあったが、最後の方は色々と本音も聞けたし、明らかに彼なりに認めているという態度もあって、ここで忍耐することの意味の多くを学んだと思う。

信頼関係になることとは、相手を認めることでもある。
相手が自分の懐へ入っていることで、貴重な情報や独特の思考、見ている世界観などが伝わり、同じ人生でも共有した気になれたことは進化でもあったと思えるのだ。

上司の態度の変化にRさんは、ショックを受けていたのもわかった。
まだRさんすらそんな扱いになっていないということに強い憤りを露わにこちらへぶつけてきた。
パース画の原画を前に、ワタクシをわざわざ呼び、

「これもう終わった仕事だし、下手くそなパース画だから捨てるわ」

と言い、ビリビリに破り投げ捨てた。

「気分どう?くやしい?」

「いえ、言われたようにもう終わった仕事ですから。」

そのあとは一瞬身構え、飛びかかってきそうな怒りが瞬時にあたりを立ちこめた。

「どこで習ったの?」
「本屋さんで作図法を読んだだけで、習ってません」
「エアーで色を付けるなんて、習ってたに決まってるじゃん」
「いえ、それも本屋さんで…」
「嘘ばっかり!あんたにそんなことできるわけないじゃない」

「…そんなに上手だと思ってませんし、今は描くのは興味ないので…」

笑いながら出ていってしまった。。。


美術館の貯蔵システム納品時は、あわや死にそうになった事件も起こった。

嫉妬だけで、人をどこまでも突き動かすことができるんだという恐ろしい体験をした。

美術絵画などは、空気調整ができないとその美しい絵の具を維持できなもので、密閉させた大きな箱型のショーケースのようなものを制作し、現場調整に職人さんを引き連れて都内へ移動してきた。
作業も終盤を迎え、そろそろ貯蔵内の細部の収まり調整を終えて、夏場だったので汗だくになりのどの渇きも限界に達しそうなときだった。
バタンと外鍵式の重厚なドアが完全に閉まってしまった。
振り返ると、Rさんの後ろ姿が遠のいていった…
あぁ、また意地悪をしてるんだな、とそのときは気にもせず、もう少しで終わる作業を進めた。
しかし、30分、1時間と経過しても誰も来ない。
携帯を持っていなかった時代だったので、冷や汗も出てきた。
暑さで蒸し風呂のような状態になり、意識も朦朧としてきた。
このまま死ぬんだろうな…と、思った。



ドアがバーンと開いて、鳶職人の息子ヤンキーが、「大丈夫ですかー?」
と、助けてくれた。

「あいつだな。ひでぇ、なんて性格してんだ」

「それより、飲み物が…」

水分のありがたさを実感した。

社長に報告しましょうか?とヤンキーが心配してくれたが、それには及ばないと、大丈夫のジェスチャーで早く帰社するように促した。


Rさんは、薄暗い館内の照明に照らされて、ニヤっと笑い 

「あんたがのろまなんだよ、仕事しないで遊んでいい気なもんだね」 

と一言、言い放ってライトバンの指定席の助手席へ乗り込み、腕を組んで寝てしまった。

本音は怒りでいっぱいになりそうだったのだが、なぜか彼女の捨て台詞を聞いて気の毒としか思えなくなってしまい、静かに帰った。

のちにRさんから聞かされた武勇伝の数々は、イジメは快楽であるという話しだった。

それは、愛されないという自分を慰める手段として、憂さ晴らしとしての弱い立場の人に虐めをすることで解消させているようだったが、実際はどんどん泥沼にはまり込み抜け出せなくなっている哀れな姿だった。自分を愛してくれる男性が今までいなかったのだと思う。本当はそうじゃないんだろうな、なんだか寂しい人だなと思った

その後、経理の既婚女子は入社し、ターゲットは経理女子へ移っていった。

経理女子はよく喋る、女性らしい女性だったが、気も強く頼もしかったのは私の分も言い返してくれた(笑)
おもしろいことに経理女子が苦手とみえ、Rさんは虐め力が発揮できなかったようだ。
頑なな人とやっていく経験は多い方なので、受け側へ自然とまわり、エンパス気質がそんな場面では有効に活用されたのかもしれません。


相手にものを言うのなら、ワタクシなら…仕事内容で結果を出したかった。
当時は軟な女性に見えたのか周囲の職人さんや社長からも仕事が続くのか、仕事をやりきれる能力があるのかかなり疑われていたのが、とてもくやしかった。

何か陥れるようなことを言われたなら、受け取らずただ黙って聞き、目の前のやるべきことを黙々とこなす。
ここで、怒るとか凹むとかはしない、と決めた。

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結果的には、この仕事は体力的に長くは続けられなかったが、やむなく病院通いするほど肉体的にも消耗しきり、発病してしまったため半年静養をした。


ひとつの仕事の売り上げから経費、粗利計算をして会社利益を自己責任で出していくこと、数字で利益を出していく実感は、おもしろくて仕方なかったせいで充足感ありました。

会社経営としては、ぶっ飛んでいるな、、という感は否めませんが、経験させてもらえたことはよかったです。

それはすごく、エキサイティングでやり甲斐のある、ワクワクすることでもありました。

惨めで何もできなかった当時のワタクシは、人との繋がりで解消され、やがて助けてくれる頼もしい先輩、尊敬する職人さんに変わり、仕事を通して伝授される技術や考え方など、今思い返しても素晴らしい体験でした。


きっと変わったのはこのワタクシ自身の意識です。

女性である、OLであった、デスクワーク得意で筋肉ない、甘々なワタクシのキャラから、真逆の自分開拓。

ある日を境に、職人さんたちと共有できるようになった瞬間に、どっと流れ込んできた感じでした。


今は享受した無形の喜びとともに、お返ししていくことができる時期になったのかもしれません。


ワタクシの忙しい20代後半は、そんな素敵とは言えないけれど(笑)


とても ドラマチックでもあったわけです。





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by fairytalem | 2015-11-02 09:56 | つぶやき | Comments(0)

ペンスタンドメモと秋の空

こんにちは、Fairytaleです^^


毎日、カルトナージュのデザインを考えることをしています。

休みは半日土日にあればいいほうですが、そのわずかな休みだってお風呂だって、おトイレだって、移動中も、睡眠中も夢の中で、その続きをやっています。


これは、建築関係のお仕事のときからの習慣というか、、取り掛かっていることでいっぱいになってしまうのです。


それが、たぶんたのしいことの一部なんだと思う。


大きな充足感を感じる暇はなく、ただ作り続けられる原動力はなんなのだろう…

人よりもエネルギーはあるのはわかるけれど、やることがないと思考が強くなるのでバランスが悪くなるのは若い頃に気が付いていたし、メンターの先生からもそのことは注意されていたので意識してカルトナージュに取り組んだ記憶もある。


人に興味がなくて(笑)想像することが大好き。

想像こそが、ワタクシにとって誰にも邪魔されない世界にいられるから…という子どもの頃のくせのような習慣から想像することは、なくてはならない自分の世界だった気がする。


小学生の頃は、帰宅する道が2キロと遠かったので、そのクリエイションするいい時間だった。

道端に自動に進む蛇腹の道があって、そこへぴょんと飛び乗り、すーいすいと進んだら早く家に着けるし、たのしいな~とその周辺には透明のカプセルのようになっていて、雨も強い空っ風もシャットアウトしてくれるし、椅子もあって座っていけたりもしちゃう…なんてことを毎日のようにその機能を考えるだけでひとりで帰る道はワクワクした。


こんな話は友達にも親にも話したことはない。

恥ずかしいとかそういう理由じゃない気がする。

言う必要性を感じてなかったんだろうな。


子ども時代に想像した「自動歩行通路」が今は都心の駅や遊戯施設に当たり前のように設置されている。


想像したことは実現できることなんだよね(笑)



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去年までのワタクシ、いえ、

つい最近までのワタクシは自分を取り巻く世界が不自由で居心地悪く、思い通りにならない我慢と忍耐でした。

しかし…

明らかに、もう何かが違って見えています。

説明しにくいのですが、自分が選択しないことをしてみたというところです、、

それには怒りと苦痛と不条理なものが封印されていたことだったから、もう一生触れないでおこうと決めていたし、交流し交換し循環する交わることから逃げていたから。
ここをなんとかしないとこの先一歩も進めないよ、とママ友から痛烈ににっこりと天使の通達を受けた。


信頼関係とは些細な疎通の積み重ねで何年と先送りをしてしまうと、もうそこへどうやって戻っていっていいかもわからなくなる。

修正する機会がもうこれが最後だとなんとなく気が付いていたし、緊急を要していたことを無視し続けていました。

人は家族や友人、仕事のパートナー、メンバーと一生を通して交流していく。

やはりそのへんの対処が、自分には難しかった。

その中の一部がフリーズしているだから、うまく動くはずもない。


すべては循環した交流から動き出すのだから。



今、無敵だ(笑)

風通し良く、気分もいい。

ありがたいね☆彡

そこらじゅうに「ありがとう」が落ちているのを拾いまくっている。



さぁ、あとはやるだけだ。





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by fairytalem | 2015-10-20 09:27 | つぶやき | Comments(0)

古い我が家に想いを馳せる

こんにちは、Fairytaleです!

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いつからか私たちは「面倒くさい」と思うようになってしまったのでしょうか…。


生きることへの意欲もそがれ、いくら頑張っても報われないという経験、状況になったことはいくらでもある話だと思います。

心が消耗しきっていて元気が出ない、すぐに疲れて休みたい、根気がなくなってきた、とエネルギーが枯渇してしまっている人が増えています。

これも身体にはいる食べ物であったり、薬であったり、環境ホルモンであったりとその原因となることはすぐに色々と思いつく。

自分を大切にするということは単に思い通りに生き方を選択することや意思を通すことだけではなく、丁寧に生きていく小さな工程だったりするように思うのである。


そんなことを最近また感じるようになってきて、週末からひとりで自宅の片づけと掃除を始めた。

古い祖母の家なので、12年前入居した数年はぴかぴかになるまで掃除を毎日していた記憶も蘇ってきた。

木の桟を水拭きすると黒光りして美しいのだ。

窓は昔のままの木戸に木の桟のところが1か所だけ残してある。
檜で風景を加工した細工が施されていて円形になっている飾り窓。
当時は洒落ていたんだと思う。

風も入るし、雨戸は昔あったのだろうけど今はサッシ。
何度もリフォームを重ねて継ぎ足して増築したり、玄関位置を付け加えたり、廊下は南側に1m巾以上あるのでちょっとしたサンルームになっていて洗濯物も外に干さずにすむ。

廊下の上を見上げると、大きな太い丸太がずっと5間くらいの長さで途中継ぎ足してあるのだが、とても頑丈な造りになっていて今ではこういう木材も手に入らないという。

立派な家にまったく見えないのだが…むしろ外観は古いスタイルに瓦屋根を敷いてリフォームしていたりするのでなんとも風情があるのかないのかよくわらない変わった家なのだ。
こういう現代的でない我が家は手を入れないでいるとあっという間に古いだけの寂れた意味合いしか残らないような家になってしまう。


昔あったザクロの木も枯れてなくなり、古い木は寿命を迎えたかのように朽ちていったものもある。
子どもの頃、庭の中央にあった小さかったキンカンの木は、駐車スペースにするため切ってしまった。
それがとても寂しく、玄関の入り口にホームセンターで見つけてきたキンカンの苗を入居した12年前に植えたのが立派に当時の庭の中央にあったキンカンの木のサイズに成長している。



祖母の実家は大工さんで小僧さんと呼ばれる、修業の名をもとに口減らしで住み込みで別棟に住んでいたそうだ。
家事から仕事の段取り一切の雑用を任された少年~青年が5~6人くらい入れ替わり常にいたという。そんな祖母は兄弟の面倒を見たこともない長女だったので、世間知らずで家事もできない、唯一できることは着物を縫うことだけ。
よく浴衣の生地を一緒に生地屋さんで選び、2週間くらいかかってやっと完成するという、まぁのんびりな祖母であった。
料理も確かに遅かったし、家事をてきぱきこなしている姿は見たことがない(笑)
祖父は文句を言わずただ黙って先にほうきを持って掃除を始めてしまう人で、祖母はそれを見てあわててならうように仕方なく掃除を補助していた。
当時60歳くらいだったと思うが夫婦生活が長くても家事に慣れない祖母に我慢している祖父と亡くなった曾おばあさんの苦労もなんとなく察してしまう。


偉かったのは、曾おばあさんとおじいさんが嫁の祖母を大事に扱ったことだ。
家事もろくにできない祖母を責めることなくフォローした曾おばあさんと、新しい生地を嫁のために少ない給料から買ってあげたりした曾おじいさんから、きっと愛情を受け取っていたはずだ。
この家にいた元家主たちの懐の広さを思うと、ワタクシは安心する。

私が生まれたときには曾おじいさんたちは亡くなっていたので、聞いた話だ。

こういった姿は会話一切なくして空気感だけで小学1年生のワタクシは、大人たちの心のひだを読み解く力が自然とに身についてしまった。


昨日はそんなことが掃除をしながらふっと蘇り、ひとりじんわりと感傷に浸った。


ムスメはこの家をあまりかっこいい家だと思えないらしく、お友達の家をうらやましがることがあった。

最新の設備はないが、居間と勉強部屋と寝室とお風呂とIHの入ったキッチンを12年前リフォームしたのが最後。

年頃のムスメが気に入らないのは仕方ないと思うので、その良さはずっと先になんとなくわかってくれたらいいけど、わからなくてもいい。


この古い家は私にとって、振り返るときだけでなく原点に戻してくれるから、私に必要だったんだと気づかされた。




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by fairytalem | 2015-09-14 08:53 | つぶやき | Comments(0)

自由設計基礎コース、上々始動!!!

こんばんは、Fairytaleです( *´艸`)


本日は、自由設計基礎コース初日朝7時前に関越~外環と高速移動でした。

前日に、プリンターが8時間もご機嫌ナナメになり、7時過ぎからテキストをプリントをして、冷や汗をかきましたが、本日はとても充足感のある1日となりました☆彡

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毎回、コースのメンバーさんが募集のたびに空気感や共有感、連帯感などまったく違った結果にもなるので、どきどきとわくわくと不安と心配いろんな期待でいっぱいになるのです。

参加される受講生さんたちも当然、ご自身の学びですのでそれは大変な面持ちです(笑)←笑うとこではないですね( ;∀;)


詳細はここでは書きませんが、記録としてブログに書いておきます。




作りたいものをつくるという発想、感覚には隠れた意識があります。

怠慢、怠惰、という怠けるという文字がワタクシには浮かんできます。

まだ、そんな腕と設計力と感がご自身の経験データがないうちに、作るという作業はできる範囲のことに目が向きます。

理由もはっきりとあります。

好きに自由に作りたいという欲求は上達ではないからです。

ここが落とし穴です。

皆さんのほとんどは、好きに自由にすることはいいことという認識ではないでしょうか?

学びの段階において、最初から好きにさせていいことなんて私はないと思考します。

お子さんがいらっしゃる育てた経験のある女性でしたら、意図はおわかりいただけますね。

いなくても想像力とご自身の子どもの頃を思い出してください。


好きに自由にやるのは、ずっと先のご褒美です。

今はいろんな構造や発想のデザインに取り組むべき時期です。

私は、実はまだそれをつくったことは一度もありません。
教室の方向性や生徒さんのニーズだったり、ほかの教室でやっていない新しい造りやデザインを
考えることに集中させてきたため、一度も自分のために作ったことはありません。


このベクトルは上達への最速手段です。

努力する、苦痛を伴う、嫌なことをする…学びに対してネガティブな感覚は誰しもあります。


是非、その感覚をご自身の中に見出したら意識してください。

意識したときに、分離が始まりもう怠惰であること苦痛であること、面倒なことは別の感情であり
自分の一部ではないという意識になりますので、思考も発想もかなり違う別な次元へ向かいます。

そして、新たな自分、本来の自分になって創作をしましょう。

これは現実の話しをしています。


実は、ご自身が発展発達することに恐れを抱いているという方は、思いのほか多いのです。

このブロックを外して、制限をかけているのはご自身であることに気が付いてください。

反省は一切要りませんので、冷静に判断することにフォーカスするように。

完成したときに喜びが上がってきたらそれはそれで幸せです。
(私はこの喜びは片手もないかもしれませんね。つまらないとか好きとか単純な思いだけではないので。)



自分の作品というものが、実はなかったので展覧会を開くのにこれといった作品がないのです(笑)

年末にクリスマスツリーのテーブルサイズをつくってみたのですが、なかなか作る上でストレスの多い作品でした。

こんなに嫌な気持ちで作ったらさぞがし作品がいや~な雰囲気を醸し出すのでは?という恐れも抱くほど。


しかし、出来上がった作品はそうではありませんでした。


年下の友人から一言「ファビュラス!」と褒めてくれました。

単なる友人気の合う友人とちょっと違う友人だったこともあるのですが、

途端に、どどーーっとエネルギーが充填してきました。



そうなのです、お気づきの方はすばらしいです。



作品は自分のためになんか作るもんじゃないんですよ!!!


人から思いもよらないコメントをもらったことで、「感動」を与えているのです。(なんて恥ずかしいのですが)


そのときの心の震えは、好きなものを作って喜んでいることとまったく違う次元に突入するのです。


是非、皆さんにはこの次元へ行ってほしいのです。


では、次のゲートを開きましょう!





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by fairytalem | 2015-08-19 20:57 | つぶやき | Comments(0)

若き日の記憶の旅11~編~

若き日の記憶の旅3からの続きです。

さて、コーディネーター養成学校へ入ったのは、美術専門学校時代のクラスメイトで1つ上のCさんからのお誘いがあったのがきっかけでした。


たまたま、建築業界に先に入っていたCさんは、「君ならできるよ」と同じ業界へ誘ってくれました。

元からお家のレイアウトなどにはとても興味があったのと父が図面も仕事上かいていたこともあり、小学生の時にすでに家の平面図を描いていました。

これも空想好きだったことと、父が夜遅くまでドラフターで配管図面をかいていたこともあるのかもしれません。かいている姿はほとんど見たこともないのですが…

Cさんは暖炉やサウナの設計もしていたので、よく図面を見に彼女の居るショールームへ行きました。

絵心があるからこんなの簡単だよと言って才能を見せ付けられましたが、嫉妬するといった感情が起こることはなく、なぜか私も建築関係に進んでみようという気になったのです。

実家の会社を辞めてしまったので、ハローワークへ行ってみたものの職をあっせんする職員とケンカをしてくる始末で、自力で職探しをすることにしました。

職歴を書き、プレゼンになりそうなものを持って、米国オーダー木製キッチン代理店へアポを取りいきなり面接までこぎつけました。

24歳のワタクシのそういった発想は、この後の人生に何度がお目見えしますがそれが突破口となり、実にユニークな展開になっていきます。

輸入正規代理店のこの小さな会社には、営業マン2名と設計士1名、事務員1名、社長と経理の奥様で構成されていました。

社長と営業マンは一流商社マン時代を経て起業したこともあり、数か国語ベラベラの頭脳派であるのはいいのだが(インヴォイスの時くらいしか使えない(笑))、実践力としての現場を知ろうとしない高慢ちきさには呆れることしかりだった。


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私は即時採用。

安月給ではあったのですが、それでもOL時代よりもUP。

決め手はやってみたいオーダー設計のお仕事だったから、お給料が少ないことはさほど問題ではなかったのです。

そこから、家賃とガソリン代と車のローン、食費、学費を捻出するのがギリギリではあったが、なんとかやっていける貧乏とはまだ縁が切れないことには変わらなかったし、そもそも貧乏であってもなくてもどうでもよかったのかもしれない。

当時は好きなことを自由に選択し、自分の思い通りに生きられる幸せをつかんだと思っていたからだ。


図面の書き方はなんとなくわかっている程度で、確信はもてなかったのですが、専門書を立ち読みして製図のなんたるかを知っていった。

独学であったので、些細な工夫も独特だったようでした。

ドラフターの使い方も周囲の先輩方に言わせると、かなりおかしかったらしい(笑)
ワタクシとしてはクセがついてしまっていたし、その方が断然きれいな線が描けるのだから問題なし。

正しい使い方はのちにチェックして多少修正はした(笑)

これが正しい使い方…なんてナンセンスであるという持論はとうの昔から持っていたので迷うことなく付き進んだ。

人からするとびっくりされる荒削りで破天荒に思われるらしいのですが、これはワタクシのいいところだと思っている。

朝まで製図を練習した24の夏だった。



ある程度製図もわかってきた頃に、Cさんがコーディネーターの資格修得するから某デザイン学校の専任教師が前橋で開講しオフィスを立ち上げるので、いっしょに勉強しない?というお誘いを受けた。

半期で30万の受講料だった|д゚)

当時はバブルがはじけた後ではあったが、まだその余韻があった時代で、高額な受講料をワタクシには出せる余裕がなかったことで一旦は諦めた。

しかし、当時すでに一緒に同居していた現夫がサポートをしてくれるということになり、学費をすべて出してもらったのだ。


あぁ、ありがたや…

すっかり今となっては忘れておったぞ。。。



コーディネーター養成学校は1年通ったが、高額であるから身につくのかというと疑問が残る。

自分から学習していった(探した課題)ことしか残らない気がする。

パースも習ったが…すでに絵心があるので、その形体の手順を覚えなくても、ホリゾンタルラインとVPの意味を理解していれば、どこのポイントから引っ張ってくるか感覚で捉えられたので、経過した今でも描ける。

自転車に一度乗れたら一生乗れる感覚と同じである。

過去にパースを描けたのに今は描けないという人は、理解できていないということだ。


ここでイラついたのは、先生が私の進む好奇心を抑えつけたこと。

ずっと同じ課題、同じところで足踏みをさせるのだ。

理解できていない生徒を主体に置き、ぞんざいに扱ったのが長すぎたため性急なワタクシは半年早く学校は辞めた。


それから、公立の夜学に建築科があることを設計士の人から聞き、入試を受けて入学した。

19歳の子や、40代の現場監督のお父さん、鉄骨会社の息子、カーテン屋に勤務するコーディネーター、設計事務所勤務の子など様々な職歴の人、年齢層の違う出逢わないハズの人たちがそこに居た。

給食もあったがワタクシは車移動の中でパンやおにぎりをかじって2年間済ませた。

日曜以外毎日5時から8時まで専門課程を学び、試験で単位を取った。

取れない人は課題や宿題、補講など夏休みなどで取らされた。

学生証を26才で持っているのは愉快だった。

いろんなところで学割の恩恵を受けた。


最初に木工技士を取り、最終的には建築士資格2級を習得。

今はどういう内容かわからないが、筆記試験と実技試験でコンクリートをつくり固める作業などもあったと記憶する。

30名以上受けて5名しか受からなかった。

勉強は必死だったので、毎回試験日は90点以内をキープすることだった。

若い子には負けるので、倍勉強をやらないといけないと思っていたし、実際は26才くらいならまだ若いから充分いけるのだが(笑)当時はもう若くないと思い込んでいたため、随分焦っていた気がする。

そういえばあの頃はまだ、20代で結婚できないなんて悲劇だという時代だった(笑)


物理が苦手だったこともあって、構造建築は好きだったが、力学は後半難解で大変だった。

コーディネーター時代の後輩の女の子は建築短大を出ていたのでその力学で出てくる微分積分から難解な計算式をよく後輩から得意げに教わったものだ。それが結構ツンデレ女子だったので、よく質問して楽しんだ。お礼に宅配ピザをランチに頼んでおごったりするとすごく喜んでかわいかったものだ。(まるでオッサン目線ですなw)

初期に出題される梁の計算で曲げモーメント、せん断、反力、たわみなど公式がある。
方持ち梁に先端荷重、等分荷重、先端分布荷重のそれぞれの公式がある。
まぁこれは簡単なのだが、のちにどんどん複雑になっていく。

女子にはおそらくトキメカナイ世界。

建築材料の多さで大概の女子は挫折をする。

最新の材料を各メーカーがいろんなうんちくを並べて販売する時代、学生もそれに合わせて資材を記憶するのだ。その量は数百どころではない。


建築業界では女子率は少なかったし、実際は現場では小馬鹿にされている立ち位置だったし時代もあって、コーディネーターなんて仕事も当時は成立していたのが不思議である。

今は、設計士自らその仕事をすべてこなし(体系化しセレクトされた中から施主が選ぶコスパのいいものからオーダーまで)建築着工数もぐんと少なく、リノベーションが流行っている。

10年以上前からこの国は設計士がやっていけない時代になってしまったのだ。

それはどの業界にも、空洞化が進み、一部の専門の人間がいれば足りてしまうように、今は信じられないがいずれはなくなってしまう職業のひとつだ。





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by fairytalem | 2015-08-11 11:34 | つぶやき | Comments(0)

カルトナージュやタッセルなど手仕事をご紹介


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