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若き日の記憶の旅8~家業を継ぐ編~

こんにちは、Fairytaleですemoticon-0108-speechless.gif


大手を振って広告イベント会社のOLを辞めて、しばらくは2LDKのアパートでのんびりとドラクエでもやって過ごそうか…などと考えていましたが、次の職場は建築関係のコーディネーターか設計の仕事に就くという目的があったので、遊んでいられるほど余裕もありません。

実家の父とはあれから2年以上絶縁状態…

よくよく考えてみると仕事を辞めてよかったと思っていたのは束の間。

少ないお給料から家賃と車のローン、ガソリン代、まったく貯蓄すらありません。

食べることはギリギリ節約料理で乗り切ってきましたが、これから学費がのしかかってきます。

すぐに現実の世界へ引き戻されました…

〈やばい、働かないと食べていけない!〉emoticon-0106-crying.gif


焦った自分のとった行動とは…?

父へ仕事をさせてくれと電話してしまったのだ!

選りによってそっち?!

仕事を辞めてしまった高揚感で、あの時の自分はどうかしてしまったとしかいいようがない。

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父はそれなりに娘が家業を手伝うことに喜んでいた様子で、役所でも取引先でも連れて行かれ、娘を紹介しまわった。
水道工事業の世界はまったくど素人の上、現場での土掘りの作業で女性を見ることはそうない。
ワタクシも力仕事は向かないし、できたらやりたくない仕事だと思っている。
女性社長のある会社では、「土工」「土木工事」を女性社長自らスコップで掘るという噂を聞いたことがあるが…ワタクシには、無理を感じてしまう。
それは完全なる男性社会の縮図をその現場で展開されている様を見る度に、ワタクシたち女性の隙間すら存在すら不要といった力仕事は、危険であるためピラミッドのように指示する者から作業を分担する者が大声をかけ、実施する作業工程はもう見る事すら許されないような気持ちにさせるのだ。
これは大人になってもここの会社の一員になっても、疎外感を強く感じた。


男性社会の業界でのワタクシの奮闘は、ときにはおろかな行為にしか見えないのだろうが、曲がったことが嫌いな性質ゆえ、どこでも勃発しては父に抗議をしていた。

それは市役所でも水道局でも、警察でも…
あ、間違っても警察では道路を掘削するため、道路使用許可申請という書類を提出するので、お世話になったなんてことはありませんよ。emoticon-0114-dull.gif

現場は当然エリア外だったので、それ以外は全部やることになった。

軽トラに乗って管工事業組合で、材料を調達するのだか管や管の継ぎ手の種類が結構あって、名前を覚えることからはじまった。

若かったし、すぐに覚えた。

軽トラに乗せるのは組合のおじさんが手伝ってくれるので、力仕事というほどでもなかった。

人によっては立派な力仕事だというかもしれない。

そして経理はすべてやってみた。

簿記はうっすらとしかわからなかったので、母から教わった。

「簿記を知らないで経理の仕事よくやってこれたね」と半ば呆れたように言われた。

簿記もすぐに覚えた。

母の教え方は独特で、こちらの認識状態を気にせず〈いきなり〉始まるのだ。
中学1年の時、音楽のテストで楽譜がよめず、テキストをみても深い理解できず、その時母は自称〈音楽は得意〉というので、試しにテスト範囲を教わったのだ。
…その時のテストはクラスにピアノを習っている女子2名と県内3位になった幼馴染の男子を抜いて、ほぼ満点となり、後に〈母のおかげ〉と語りぐさとなった。
後にも先にも音楽での高得点はこの後数回あっただけで、元に戻った(笑)


会計士相手は母が月に一度、月次訪問監査といって、経理処理をチェックし試算表(損益計算書、貸借対照表など)を作成し、決算時期となると夜までかかって会計士が事務所にいることも多かった。

ワタクシはこちらの方面は遠慮させていただき、銀行関係や集金、請求書をあげる、という事務仕事の他に、図面作成から、役所や警察に申請物がある時も書き損じがないように書類に不備がないか確認して提出することや、大きな工事の見積もりはその日のお昼までに大量の内訳を算出しなければならない仕事が大変だった。
管材屋さんへ見積りを出し、さらにこちらの算出方法のマニュアルがあり、それに当てはめて計算をしていく。
ちょっと最初は難解だったが、これも1カ月たたないうちに慣れ、お昼前にキレイな手描き見積りに仕上げられるようになった。
この時代はパソコンではなかったので、きれいな文字と数字が書けないとお仕事にはならなかった。

布設工事といって古くなった大きな道路にある本管の上水道管を新しく埋設する工事が一番金額が張った。広告会社の物件の単位より1ケタ多く、その規模を見ないと書面上ではよくわからない架空の工事にしか感じられなかった感覚だった。

下水道工事もあった。
田舎の一部地域では所帯数に対して下水道を配備するため、密集していない家の場合はほとんどが、浄化槽という数世帯分の浄化する大きな装置掘り埋めて下水処理をさせるのだ。
この大きな装置の中のしくみがおもしろかった。
微生物に処理させるので、なんてアナログなんだろうと思ったものだか、とても理にかなっていた。
浄化槽のことはカタログやメーカーからの資料で勉強したので、セールスできるくらいの知識にもなった。
知らない機材やめずらしい機械モノも読み漁っていたので、知識だけはもっていた。


配管図や申請図面も自ら書くので、外注に依頼する必要はないと宣言をした。

これで利益がまた増えた。

この時、考えてみたら初めて図面を書く経験をしたのだが、絵心があったのですんなりと図面を理解して道路の図を書きあげた。
この時に製図用のドラフターを初めて使ったわけだ。
子どもの頃は父用のドラフターが1台しかなかったのが、その頃には3台ほどあった記憶がある。

なのに、外注依頼不要とはよく言ってのけたものだ。

未回収の工事請求が一千万以上あった帳簿を見逃さなかった。

今度はこっちをやっつけてやろうとターゲットをしぼった。

再請求書をどんどん送りつけた。

予測通り、電話もせず送っただけで数社から数百万回収できた。

父は不思議がっていたので、再請求書を送ったことを告げるとものすごい剣幕で怒られた。

ここの考えはまったく違うので平行線のまま、もうすこしで1000万近い未払いが回収できる目前だったのでとてもくやしい思いが残った。

それでも、父の経営方法は間違ってはいなかった。

若かったワタクシには検討もつかないほどの、深い思いがあったのだろう。

相手方の状況をわかって留めておいたのだ。

24のワタクシにはこのことを理解できるまでもう少し時間がかかった。



どんな企業でも10年後残る確率は1%という。

今では同業者もどんどん潰れて大手か零細の一部が残っただけだ。

父の会社も残ったのだから、やっぱり間違っていない経営方針だったと思うのだ。



結局、この未回収の件で父と大ケンカをして、会社を辞めた。

たった5カ月の出来事だったが、父や母が社会的に働く姿を見るいい機会だったと思う。

普段は威圧的で笑顔なんてみたこともなかった父は取引先では腰が低く、よく笑っていた。

いつもの父ならすぐに噴火する場面でも社会的な場所では信じられないほど温厚な態度に衝撃を受けた。



また母の小切手や手形を手動でくるくる回して切る時の連打はものすごかった(笑)

普通、間違えないように慎重に数字を確認してゆっくり切るというものを。。。

今はチェックライターを使うのだろうが、昔はこのカラカラと回す音と印字する時におろす音のこぎみ良い風情というか、情緒みたいなものがあった。

母は 『計算機は好きじゃない』 と、これまたものすごい速さでせっかちに、そろばんをはじく。

合ってるのか?と疑うまでもない。

あの人に間違えなぞ、ない…ははっ。emoticon-0120-doh.gif

経理の仕事をしてきて、母を超えるユニークな人を見たことがない。

なんでも早く、無駄のない動きのうえに、そして正確だ。

こちらは金額のこととなると、緊張して何度も確認しても間違えるときがあるというのに。



ワタクシは一瞬でも一緒に仕事ができたことで両親の姿を改めて子ども目線から大人目線で認識できたということはラッキーだった。

弟は残念ながら両親のそういった姿をちゃんと知らないせいで、未だに大きな口を利いてしまうのだろうか?…ということにしておこう。




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by fairytalem | 2013-12-10 17:21 | つぶやき | Comments(0)

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