若き日の記憶の旅7~そりの合わない祖母編~

こんにちは、Fairytaleですemoticon-0100-smile.gif

祖父がいなくなった空間で家族が集まり何日か会議をした記憶がある。

おばあちゃんが独り暮らしに慣れていないという話しを家族会議での会話から察し、週末の土曜日は4年生の11月から6年生の卒業する3月までおじいちゃんちゃんがいなくなった家で、あまり反りの合わないおばあちゃんのところへ自ら毎週ひとりで泊まりに行きました。

友人との約束はすべて断って、なぜかおばあちゃんちへ行かねばならない使命感みたいなものがありました。

そういえば、親友のぶーよんとは一度祖父が健在だった頃、近所の県営球場の巨人のオープン戦のチケットを入手し、祖父が保護者として同行してくれたことがありました。

とても幸せな時間だったので、強く記憶に残っています。

大好きな人に囲まれた時間は同時に強い恐れに変わるという瞬間を憶えています。

大の巨人ファンだった祖父は選手を見て、○○だ、と指差しして普段は感情を表に出さない大正一ケタの祖父が嬉しそうに観戦している姿とぶーよんを交互にずっと見ていた記憶しかありません。

「あぁ、自分中心に二人がここにいてくれる…」 その実感はやがて恐れに変わるという不思議な体験をしました。

試合の途中で絵画教室へ行く時間になり、祖父とブーヨンを後に別れたのも、とても気持ちを落とした記憶が同時に残ります。


そんな些細なことでも、残念な記憶はなぜこうも残るのでしょうか。

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年寄りという生きものは、自分中心の思考が強く、自分がおかしいとか悪いとか絶対思わない逆ネガティブ思考。このマイペースな引きこもり系おばあちゃんの独特の思考は、成長期のワタクシに多大なる影響を与えることとなった。

例えばである…隣に八百屋さんが密接して建っているのだが、生活感も伝わることもありおばあちゃんの観察は相当なものだった。

売れ残った野菜やくだものを傷む前に値引きして売るということを絶対にしないスタイルの八百屋さんでした。

傷んで腐ってどうにもならなくなったものは産廃業者が引き取るというわけでないので、裏庭がおばあちゃんちの裏と地続きだったこともあり、その衝撃的な事実まで近所というのはわかってしまうわけです。

大きな穴を店主が休みの日に掘り、売れ残った野菜やくだものを放り込み、土をかけて蓋をする…というのを何十年も繰返していました。その異臭は夏場はとても住民にはきつかった、という点ではよくありませんね。
祖母の気持ちもわかります。

安く商品を売らないのは、当時箱売りを得意として店頭で飛ぶようにみかん箱やリンゴ、お米といったものが贈答品もあったので何箱も売れ、大儲けをした先代のやり方があったのです。

当時はその商法がめずらしく、時代の流れで経済成長も手伝い、この商法が当たったようです。

その先代も引退して間もなくすると、痴呆になり別人のように自転車に乗って遠く東北まで行ってしまった…とか、ゴミを拾い集め自室はゴミ屋敷化し、臭いまでただよってくる…というちょっとした事件にもなりました。

小学生だった4年ワタクシは、ボケてしまった別人の先代と先代の曾孫の幼馴染とつるんで、八百屋さんの本家の離れに隔離された先代の部屋へ遊びに行ったりしていました。

なぜ、子どもとはそんなところを好んで行くのか…なんて理由は、引力の関係とでも言っておきましょうか(笑)

衝撃だったのは、先代の部屋にあるタンスの引き出しを曾孫の幼馴染が開けると…
中からよくわからないゴミがぎっちり入っていて、ぼろぼろと出てくると、もう小学生ですから「きゃ~」といった具合で軽い遊びをやっていました。

店主の嫁(今は80代のおばあさん)に真っ赤な顔してよく怒られました。


でも幼馴染と自分は気持ちがあったので、寧ろ嫁が痴呆の先代をけむたがっていることが子どもの目からすると辛辣なものを感じました。

ワタクシたちは、なんだか気になる先代の曾おじいさんの部屋へ時々遊びがてらに行っては、葉っぱを加工して遊んだり、完全にボケていない時はお話しもしたりしてトンチンカンな会話をおもしろがったりもしましたが、痴呆という加齢による誰にでも有りうる現象を目の当たりにして現実を小学生なりに観察したものでした。

あまりにも汚れがひどい時は先代の娘である幼馴染のおばあさんが掃除に行き、ワタクシは他人ではありましたが一緒に掃除を何度もしました。

相当な臭いと汚れとゴミで…それはもうゴミ屋敷よりももっともっとすごいものがありました。

失禁もあったようでその臭いは大変なものでしたが、我慢して幼馴染と鼻をつまんで掃除をよくやりました。

うちのおばあちゃんはやめておきなさいといった感じだったと思いますが、聞く耳はないので好きなようにやっていました。

それから1年もたたなかったと思いますが、先代が永眠し、他人のワタクシでも幼馴染と離れの部屋まで何回か行き「こんなことあったよね(笑)」とか話したりして子どもなりに先代を偲んでいました。

先代の商売センスの恩恵があって立派な御殿が裏に建っており、そのずっと奥の堀川沿いにその離れの部屋があり、そこへ行くまでの間に立派な鯉がたくさんいる庭園を抜けないと行けない造りでした。

先代が亡くなってからワタクシたちの週末はもの足りない感じがあり、それを埋めるかのように立派な池の周囲に大きな石で囲ってあるちょっとしたスペースのある空間や石の間にどちらかが手紙を書いては、受け取り人は朝5時起きして見つけに行く…という夕刻に忍び込み手紙を隠し、早朝に見つけるというゲームを始めました。

鬼嫁がいる庭園に侵入するのはとっても子どもにはスリリングでこんな究極の楽しいリアルゲームはありませんでした。

それがバレるのは半年くらい先だったので、寒くなるまでしばらくは楽しんでいました。

嫁にバレるとお隣さんのおばあちゃんが代わりに怒られるという具合でしたが、それで祖母に怒られた記憶はありません。

寧ろ、鬼嫁が子どもの遊びを許さない姿勢に怒ってたようでした。

反りが合わないけど、そういう時はうちの孫はかわいいというわけですねemoticon-0136-giggle.gif

小学5年生くらいでそういう遊びは終わりを迎えました。


探検とか、ゲームとかそういった類いの外遊びよりも、幼馴染の家の階段脇の壁つたいにぎっしり詰まっている漫画本の方が魅力的になっていきました。
それからは引きこもりの遊び中心となり、そのうち1つ年下の幼馴染とその妹は3つ下ゆえ、つまらない遊びに感じるお年頃になるまでそう時間はかかりませんでした。

相変わらずおじいちゃんの居ない空間で過ごす週末は、特別なことは幼馴染とリアルゲームをしたことくらいで、年寄りと過ごす時間の退屈さは相当なものでした。
週末は宿題を持って、月刊少女漫画なかよし発売日が土曜だったのかな…それを買って泊まりに行きました。

当時はTVがそれなりに充実していて、おこちゃまは5時からずっと見る番組があったのです。
夕方になるとTVはお相撲さんを引退した龍虎が「おいしいですね」しかコメントを言わないのが売りという今では笑えない料理番組が人気を博していました。司会が吉村真理の「料理天国」という長寿番組がありました。
「まんがはじめて物語」で歴史漫画のタイムトリップし、その後「ヤッターマン」を見ていると夕食になりました。
夕食は母の一番下の叔父さんの好物がよくテーブルに並びました。
下の息子が相当かわいかったのでしょうね。
夕食は近所の総菜屋のコロッケや、時々豪華なまぐろのお刺身が食べられましたが、おばあちゃんのお味噌汁が一番おいしかったです。
すごく丁寧にゆっくりつくるんです。
多分、器用な人ではなかったのだと思いますが、丁寧につくるのでとても味はよかったです。
母はそんな祖母をノロイと言っていましたが、ワタクシはおいしいお味噌汁の方が断然いいとずっと思っていました。

遠足に遅刻するほどお弁当づくりが遅くて間に合わず、毎度イライラした話しを聞かされましたが、でもきっとおいしかったんだと思うんですよね。

そこの大事な部分が抜けている母を少し疑いの目で見ていました。

夜は、小学生には遅い時間の9時から渋めのドラマ「ちょっとマイウェイ」主演桃井かおりと緒方拳、八千草薫、研ナオコ、岸本加代子という豪華キャスト。これがたまらなく良かった小学生でした。オープニングイラストが漫画家の倉田江美で、主題歌が「夜明けのマイウェイ」という曲で♪悲しみをいくつか~乗り越えてみました~振り返るアナタの背中を追いかけてみましました~♪…あ、全部歌えるかも…
いいなぁ~昭和。
信用金庫(役名あだな)って、神田正輝だったんだ~わかーい。
懐かし~です~(T_T)
YouTubeで見ちゃいましたw…

演歌の花道だけはおばあちゃんにゆずってあげないと、ものすごい剣幕で怒られるので仕方なく「渋い演歌」を聴かされました。…演歌も歌えますよ…

夕方前には母と弟が迎えに来るので、使命を果たすため、ただただおばあちゃんの1週間分の愚痴をずっと聞き役でいてあげました。

今ならできませんねw

夕食は年寄りには理解できないコーンスープを何度も希望しましたが、牛乳とコーン缶が分離して味気ない単なる牛乳と沈殿したコーンを何度も味わう羽目になりました。
6年生頃になると分離していないコーンスープになりました(笑)

おばあちゃんとつくったのは「あんこ」です。

前日に小豆を水に浸しておき、煮るのです。

ワタクシの料理は…思い出しましたが、祖母から教わったものでした。

すっかり記憶から抜け出ておりましたが、ワタクシお味噌汁は自慢ではありませんが結構上手なんですよ。
おいしいお味噌汁ってありそうでないんですよね。
母のは…NGです(笑)

同じ食材でもどうしてこうも味って違うのか、不思議です。

カルトナージュも同じですね。

祖母とは反りが合わなかったはずなのですが…悪いことがなかなか思い出せません。
もう他界して90才で長寿を全うし、まさに水分が蒸発していくように老衰でした。

中学になりバスケ部に入部したためお泊まりはできなくなり、おばあちゃんが寂しい思いをしていたかもしれません。
もうその頃は思春期ですから、自分のことで精一杯になり、

たった2年ちょっとの毎週末のお泊まりは終わりました。





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by fairytalem | 2013-11-19 11:02 | つぶやき | Comments(0)

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